Interview
Oliver Chanarin

オリバー・チャナリンインタビュー
ニュースもアートも“エンターテインメント”─複雑な世界を紐解くためのユーモア

オリバー・チャナリン

「帰還、2008年6月16日」(2008年)の横に佇むオリバー・チャナリン。床には、「フロイトの長椅子の残存繊維を石英楔板を用いて観察した際の干渉縞」(2015年)が配置されている。ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。

現在開催中のヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」。アダム・ブルームバーグとオリバー・チャナリンの二人からなる写真家デュオ、ブルームバーグ&チャナリンも本トリエンナーレに3つの作品を出展している。インスタレーションとして各作品が絡まり合うように構成された空間はわたしたちに何を訴えようとしているのだろうか?今回来日したオリバー・チャナリンのインタビューからは、美しい色彩が特徴的な3作品の裏に潜むユーモアが見えてきた。

文=石神俊大
写真=高橋マナミ

写真の「外側」を想像すること

ブルームバーグ&チャナリンは旧来的な「写真」の形式に縛られず、その表現を拡張する作品をつくることで知られている。ドイツの劇作家・詩人であるベルトルト・ブレヒトの名作『War Primer』(*1)へのオマージュとして制作した『War Primer 2』(2013年)でドイチェ・ベルゼ写真賞、聖書の原文と戦争や軍事に関する資料写真などを巧妙に組み合わせた作品集『Holy Bible』(2014年)では、ICPインフィニティ・アワードを授賞するなど、近年ますますその存在感を発揮している二人といえる。

今回のトリエンナーレでの展示には「痕跡証拠」とタイトルが付けられ、「帰還、2008年6月16日」(2008年)、「ロンドン自爆テロ犯(L-R)2005年7月7日にルートン鉄道駅でハシブ・フセイン、ジャーマイン・リンゼイ、モハメッド・シディック・カーン、シェザッド・タンウィアが防犯カメラによって撮影された。2010年4月22日木曜日、ザ・ガーディアン紙、ポータブル・モニュメント」(2011年)、「フロイトの長椅子の残存繊維を石英楔型検板を用いて観察した際の干渉縞」(2015年)の3作品が展示されている。それぞれ撮影手法やコンセプトが異なるが、どれも美しい色彩を特徴としており、展示室に足を踏み入れるとまずその色彩に心を奪われるだろう。

なかでも鑑賞者の目を引くのは、部屋じゅうに散りばめられたカラフルな木製のキューブだ。これらは、床に敷かれたタペストリー状の「フロイトの長椅子の残存繊維を石英楔型検板を用いて観察した際の干渉縞」の上にも置かれており、鑑賞者は自由にキューブを動かすことができる。こうした展示の形式は2017年1月にミラノのLisson Galleryにて行われた同名の展示を踏襲したものであるという。

ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。

来場者は、床に置かれているキューブを自由に動かすことができる。
ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。


「作品はどれもわたし自身がカメラを覗き込んで撮影したものではありません。プロジェクトの結果としてイメージが生み出されています。たとえば、アフガニスタンの紛争地帯で制作した『帰還、2008年6月16日』(*2)は感光紙を太陽にさらすことでイメージをつくっていますし、『フロイトの長椅子の残存繊維を石英楔型検板を用いて観察した際の干渉縞』(*3)の色彩も自分が決めたものではありません。これらは他者の決定によって生み出されているのです」

そう語るのは今回のトリエンナーレで衛星が観測した波と難民船の動きを描いたソロのドローイング作品も出展しているオリバー・チャナリンだ。今回出展した3つのデュオとしての作品はあたかも関連性があるかのように展示されているが、その関係性は明示されていない。チャナリンはそれらの結びつきをパズルのようだと語る。

「ただ綺麗なだけではなく、作品が鑑賞者に向かって質問を投げかけているような気がしませんでしたか? わたしは具体的なものが提示されていないイメージを観て、フレームの外側で実際に何が起きているのか考えてほしいんです。だから、それぞれの作品を鑑賞者が好きなだけ掘り下げてもらいたいと思っています。あるいは、床で横になって遊んでもらってもいい。キューブで遊んだって構いません」

彼らの作品は何も考えずに見ればただの美しいイメージに過ぎず、そこからメッセージを受け取ることは難しい。それゆえ、オリバーは写真を観ながら「考える」ことを鑑賞者に強いる。作品への強いコミットメントを求めるからこそ、写真上の情報をきつく制限しているのだ。

「リベラルな発想ではありますが、作品づくりにおいて戦場の写真を観て死者をかわいそうに思ったり怒りを覚えたりするような、感情的な経験には意味がないと考えています。写真を目にしたときに起きるべき反応は、そこで何が起こっているのかを考えることです。そういった反応を引き起こすには、何が写っているのかを完全には見せないようにすればいいわけです」

今回出展されている「帰還、2008年6月16日」は、まさにそういう作品なのだとオリバーは続ける。

「この作品は新たな社会問題を見せるためにつくられたものではありません。我々は、悲惨なイメージを散々見てきたわけですから。この作品が問いかけているのは、あなたは何を見たいのか?感情的になるのに十分な写真とは何か?何を見れば何を考えるようになるのか?ということです」

右側に展示されているプリントが「ロンドン自爆テロ犯」

右側に展示されているプリントと積み木が「ロンドン自爆テロ犯(L-R)2005年7月7日にルートン鉄道駅でハシブ・フセイン、ジャーマイン・リンゼイ、モハメッド・シディック・カーン、シェザッド・タンウィアが防犯カメラによって撮影された。2010年4月22日木曜日、ザ・ガーディアン紙、ポータブル・モニュメント」(2011年)
ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。


他方のキューブを撮影した作品は、ブレヒトによる『War Primer』からインスパイアされたものである。カラフルでサイズもさまざまなキューブをブレヒトの詩のようなコード、ある種の言語として使用することで2001年のアメリカ同時多発テロにおいて撮影されたワールドトレードセンターの写真のように、有名なプレス写真を分解し、掘り下げていくワークショップを行った。写真が何で構成されているかを細かく分析しキューブを使って答えを示すという。独自のアルゴリズムを用いて写真をキューブへ変換するわけだが、積み上げられたキューブからオリジナルの写真を復元することは不可能だ。写真について徹底的に理解を深める行為でありながらも、そこには写真にしか内包できない情報があり、写真のマジカルな要素を再確認したという。

*1:オリジナルの『War Primer』は、新聞の切り抜きのコレクションで、それぞれに4行の詩をブレヒトが添えたもの。写真のエピグラムと呼ばれており、プレス写真を「読む」または「翻訳する」方法を示している。チャナリン&ブルームバーグは、エピグラムの技法を用いて戦争やテロをテーマにした『War Primer 2』を制作した。

*2:2008年6月にプレスの一員としてイギリス軍に同行し、紛争が日々激化するアフガニスタンで制作した作品。過酷な状況の中、血なまぐさい写真を報道写真家とは相反し、7メートル幅に裁断した感光紙を20秒間、太陽にさらし本作品を制作した。

*3:フロイト博物館からの依頼を受けて制作した作品。二人は警察の協力を得て、フロイトが患者を診るために使用していた部屋に付着していたDNAサンプル、髪の毛、埃などを採取した。展示作品は、二人が特に興味を寄せていたフロイトのペルシャ絨毯の付着物を高解像度放射線石英画像をタペストリーにプリントしたもの。

オリバー・チャナリン


時代に応じて写真も作品も変容する

こうしたチャナリンの姿勢は、写真というメディアが内包しているある種のイデオロギーに対する警戒心から生まれているものだといえるだろう。事実、オリバーは次のように語っている。

「写真はニュートラルにはなりえません。単なるドキュメントではありえず、常にイデオロギーとともにあります。たとえば、かつてコダックが販売していたフィルムでさえ白人の肌の色に合わせてつくられたものであり、日本人の肌の色には合わないものだったわけですから」

ブルームバーグ&チャナリンは「To Photograph The Details of a Dark Horse in Low Light」(2012年)(*4)という作品においても、ここで例に挙げられたコダックのフィルムがもっていた特性について批判を行っている。

写真というメディア自体への彼らの批判的な態度は、フェイクニュースが飛び交い「ポスト・トゥルース」なる概念が幅をきかせる現代においてはますます重要なものになってきているといえるだろう。もはや、たとえ報道写真であってもそこに写されているものを額面通りに受け取ることはできないのだから。チャナリンが語るように、いまや写真の役割そのものが変わりつつあるのだ。

「かつてメディアは経済や社会のなかの出来事を伝えるのが仕事で、写真もそこで起きていることを撮って伝えるものでした。しかし、いまや経済も社会も急速に変化しており、写真の役割も変わってきています。世の中の出来事を批判し、人々に理解させることが写真の役割になってきているのではないでしょうか。環境に応じて写真のあり方も変わっていくのです」

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アフガニスタンの紛争地帯で、太陽光を感光することで生まれたイメージに、鑑賞者は何を投影するのか。
ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。


環境によって写真のあり方が変われば、写真家である彼らの作品のあり方も変わるはずだ。約10年前にアフガニスタンで撮影を行ったときからは世界情勢も変化しているが、世界情勢以上に技術環境の変化が彼らの作品には影響を与えていたのだという。

「環境も変わっているし、技術も変わっています。かつては軍隊と一緒に行動し、撮影が許可された場所で“殺菌”されたものしか撮れませんでしたが、いまや誰もがカメラを持っていて写真をアップロードできるようになった。こうした環境の変化を受け、わたしたちの作品もイメージそのものに関するものというより、イメージの流通に関するものになりました」

このように写真のあり方やイメージの流通に注意を払っている彼らは、極端でわかりやすいメッセージほど拡散されてしまうフェイクニュース優位の社会をどう捉えているのだろうか? フェイクニュースについてどう考えているのか尋ねられたオリバーは、なんと「フェイクニュースはウェルカムだ」と答えた。

「そもそも、ニュースはフェイクなんですよ。リアルとフィクション(フェイク)の境界線は常に揺らいでいます。ニュースは常にフィクショナルで、エンターテインメント。それに、普通芸術作品は美術館の中にあると思っているけれど、メディア上にあるものと芸術作品の境界は曖昧だと思うんです。たとえば、CNNのニュースを美術館におけば芸術作品になりえます。何かを活動として行うことや、メッセージ性をもっているという意味においては、メディアもマスコミも芸術作品も変わらないのかもしれません。だから、それを分けて考えようとは思わないんです」

そうオリバーが語るように、そもそもニュースとは元来フィクショナルなものなのかもしれない。考えてみれば、ニュースそれ自体がマスコミの「作品」だといえるのだから。だからこそ、オリバーが鑑賞者に求めるような、観たものを額面通りに受けとらず、その外側にあるものに想像を巡らすという行為は日常生活においても重要なものになる。

*4:人種差別がまだ存在した時代に、コダックが製造したフィルムの特性に対する揶揄を表現した作品。白人のみを被写体と想定し、光がアンダーな状況では黒人を綺麗に撮影することができなかった1950年代に使用期限を迎えた古いフィルムを使って、アフリカ・ガボン共和国を“ドキュメント”した。

オリバー・チャナリン「本日の地中海の波向」(2017年)

デュオとしての作品のみならず、チャナリン個人のドローイング作品も展示されていた。
オリバー・チャナリン「本日の地中海の波向」(2017年)


複雑な世界を知るためのエンターテインメント

オリバーが説くような作品へのコミットメントや、自分がいま観ているものの外側を想像することは確かに重要だ。しかし、一方では、現代の日本で暮らすわたしたちにとって、ヨーロッパ諸国が直面している移民問題や中東の紛争を肌感覚で理解することが困難を孕んでいることも事実だろう。

ブルームバーグ&チャナリンの諸作品は、日本で暮らすわたしたちにとってこうした問題について考える最初のきっかけにもなりえるものかもしれない。オリバーは自身の作品に潜む「ユーモア」こそが、こうした問題にとっては有効なのだと語る。

「戦場に赴いて、何も写っていない写真を撮ってくるなんてジョークですよね(笑)。悪いジョークのようで、ダダの作品みたいでもあります。これらの作品は不条理やバカバカしさが内包されていて、そんなにシリアスなものではないんですよ。だから、キューブがたくさん置かれているんです。遊ぶことは考えることで、考えることは遊ぶこと。ときにわたしたちは物事を真剣に考えすぎてしまいますが、生きていく上ではユーモアこそ有効な手段なのです」

ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。

ブルームバーグ&チャナリン「痕跡証拠」展示風景。

オリバー・チャナリン


所在なげに積まれたキューブがテロのシーンを表している、などと言われると、ついこちらも身構えてしまうが、それが一種の「遊び」なのだと知ればよりリラックスして物事を考えられるようになる。特に他者の「痛み」について考えるときは、ユーモアを介在させることが思わぬ効果を生むこともあるだろう。

「街なかで転んでいる人を見たら助けるべきですが、チャーリー・チャップリンが転んでいるのを見たら笑ってしまいますよね。笑いは他者の痛みを見た際の最も自然な反応となることもあります。だから、人間の苦しみを理解する上で、ユーモアは非常に興味深いツールなんです」

シリアスな問題をユーモアによって考えることを不謹慎だとする人もいるかもしれないが、オリバーにとっては、そもそもニュースもアートも「エンターテインメント」なのだ。それゆえ、そもそも作品が重要な政治・社会問題を完璧に扱うことなどできやしない。しかし、オリバーによれば、完璧に扱うことができないからこそ彼らの作品は意味をもつのだという。

「ニュースもアートもエンターテインメントなんです。だから、政治・社会的な重大問題を扱おうとすると失敗してしまう。ならば、それが失敗だと認めてしまえばいい。いわば、これらは失敗についての作品なのです。写真を見ているとき、実際に見ているものと頭の中で見ているものの間にはギャップがあります。いい写真にはそのギャップが残されています。頭の中のイメージと写真の間に余白があるんです」

わたしたちは作品のタイトルや作家のインタビュー、他者との対話を通じてその余白を埋めようとする。一方で、昨今SNSで急速に流通するイメージはどこか恣意的で余白がほとんど残されていないものだ。いわば、SNSは複雑な世界をどんどん単純化してゆく。オリバーはそれを危険で「貧しい」ことだと語った。

世界とは、単純なものではない。ブルームバーグ&チャナリンの作品の豊かさとはこの世界の複雑さであり、単純化していく現代社会への痛烈なカウンターでもあるのだ。

*作品写真はすべて「ヨコハマトリエンナーレ2017」展示風景

タイトル

ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」

会期

2017年8月4日(金)~11月5日(日)

会場

横浜美術館/横浜赤レンガ倉庫1号館/横浜市開港記念会館地下ほか

時間

10:00~18:00
*10月27日(金)~10月29日(日)、11月2日(木)~11月4日(土)は20:30まで開場/最終入場は閉場の30分前まで

休場日

第2、4木曜

URL

http://www.yokohamatriennale.jp/