Talk
Takashi Homma × Noguchi Rika

対談 ホンマタカシ×野口里佳
時代に逆行し普遍性を生む削ぎ落としの美学

AREA

東京都

Share

対談 ホンマタカシ×野口里佳

現在タカイシイ・ギャラリーで新作「海底」の展示を行い、最初期の作品を写真集『創造の記録』として出版した野口里佳。長年住んだベルリンを離れ、2016年に沖縄へと移住した彼女はいま何を考えているのか?新作の展示と写真集の出版を記念し、デビュー当時から野口を見続けてきたホンマタカシとの対談を敢行。ホンマだからこそ指摘できる、野口の「効率のよさ」とは?テーマや被写体を変えながらも作品から漂ってくる野口里佳らしさの秘密が、二人の対話からは見えてきた。

石神俊大=文
高橋マナミ=写真

自分の作品に意識的であること

ホンマタカシ(以下、ホンマ):デビュー作品の「潜る人」が水の中だったけど、また水の中に戻ったんだね(笑)。

野口里佳(以下、野口):今回は「到着」という感じです。22年かかって、ようやく着地しました。

「潜る人」(1996年)

「潜る人」(1996年)© Noguchi Rika


ホンマ:「潜る人」はモノクロで今回はカラーだけど、その間にも水中で撮影をしていたっけ?

野口:はい、潜っています。2004年に展覧会を行った「星の色」は与那国島で潜って撮影した作品です。そのあとはしばらく潜っていなかったんですけど。

「星の色 #1」 2004年

「星の色 #1」 2004年 Cプリント 100 x 150 cm © Noguchi Rika


ホンマ:定期的に潜るんだね。調査みたいだ。

野口: 2016年にベルリンから沖縄に移住したことも関係してます。海が近くにあるので。

ホンマ:たしかに、沖縄はたくさん写真の「ネタ」がありそうだよね。

野口:そうですね。やるべき仕事はいっぱいあるんだろうな、と。同時に難しい場所でもあると思うので、私は私にしかできない仕事をきちんとやりたいなと思っています。

ホンマ:沖縄は被写体の宝庫で、いろいろな写真家がいろいろな写真をすでに撮っている。しかも沖縄の人の中には、「沖縄の人にしか沖縄は撮れない」っていう人もいますよね?「私にしかできない仕事」って、どういうものなのかな? 

野口:そういう意見もよくわかるんですが、写真ができることはそれだけでもないはずだと思っています。だから新しい提案はしていきたいですよね。やっぱり誰も見たことのない沖縄の写真を撮りたいです。自分にとって新しい扉を開けているなと思えることが、自分にしかできないことでしょうか。

対談 ホンマタカシ×野口里佳


ホンマ:「野口さんにとって光は重要なテーマですよね」とかいえるのかもしれないけど、ほかの写真家にとっても光は重要なテーマでもある。でも今回の「海底」もやっぱり光は象徴的だよね。

野口:そうですね。もともとは水の中を進んでいく光をとらえてみようと思って始めました。入り口は光なんですが「潜る人」と合体したようなところもあって、思いがけず到着したような気分です。

ホンマ:水中写真って見慣れているけど、これは「ああ、野口里佳だな」と思える写真だもんね。

野口:そう、水中写真はもっといろいろできるはずだと思っていて、まだ開けていない扉がたくさんあると感じているところですね。

野口里佳「海底」2017年 Cプリント © Noguchi Rika

野口里佳「海底」2017年 Cプリント © Noguchi Rika


野口里佳は「効率がいい」

ホンマ:野口は新しいものに自分が到達したことに対して意識的だと思う。ほかの作家は、いまやっていることが自分にしかできないことなのかどうか、新しい提案なのかどうかわからないんだよね。だからどんどんいろいろなことをやってしまうんだと思う。野口の場合は、早い段階で見つけられているよね。『創造の記録』に収録されている初期作品もかっこいいけれど、これを作品集にしていいんだという確信を意識的に持てる人はなかなかいない。でも、野口は初めて会ったときからなんか自信満々だったよね?(笑)

『創造の記録』野口里佳

『創造の記録』野口里佳(roshin books、2017)


野口:そうですね。意識的だったかどうかはわからないけど、最初から根拠のない自信がありましたね。作家は思い込む力が必要だと思うんですよ。自分のしていることがすごいと思う力。

ホンマ:そういうところがあるよね。それと今回改めて思ったけど、野口は「効率」がいい(笑)。撮る量も少なくて、自分にしかできない範囲で最大の効果を生んでいる。みんなもっと野口の効率のよさを評価すればいいと思うんだけど。

野口:これまでも同じようなことをいわれたことはありましたけど、ここまではっきりといわれたのは初めてです(笑)。

ホンマ:写真の世界って「もっと頑張らなきゃ」って感じじゃない?こんなにたくさん大変なことをしましたっていう成果を見せる写真家も多いけど、野口は違う。

野口:結構頑張ってますよ!(笑)。今回だって、三脚を持って夜に潜ってるんですよ。撮影中サメに会ったりもしましたし。

ホンマ:いや、絶対効率がいいと思うよ。ベルリンで撮っていた「鳥の町」も、あれだけの企画であれほど見せられるというのは素晴らしい。ほかの写真家たちは大変なんだよ、もっと苦労して……(笑)。

野口里佳「A Town of the Birds #4」2015年

野口里佳「A Town of the Birds #4」2015年 Cプリント © Noguchi Rika

野口:私も苦労しているつもりなんですけど……(笑)。

ホンマ:でも、本当に正しいと思いますよ。最近、若い作家のポートフォリオレビューをすると、みんなたくさん撮ったら撮りっぱなしで、どれがいいのかもわからないし、どうまとめればいいかもわかっていない人がすごく多いから。

野口:それは最近の特徴ですよね。昔は少なくともプリントするために選ばなくてはいけないから、そのときに考えざるをえないじゃないですか。プロセスが簡単になってしまった結果、選ぶという行為も曖昧になっている気はします。ときどき「考えずに撮れ」っていう言葉を勘違いしている人がいて。その言葉自体は散々考えた結果に出てきたものだから、ただ考えずに撮ればいいわけじゃないぞと思うときはあります。最低限、撮ったあとには考えないと。

ホンマ:その点、野口はそのことに対して最初から意識的だと思うんだよね。「潜る人」からキャリアが始まっているということは、最初から考えて撮ることに対して意識的だったってことだもんね。

ホンマタカシ

野口:私にとっては、ボリュームのある作品をつくるのは難しいんです。削っていく作業は全然苦ではないんですが。

ホンマ:削っていく作業って、日本の写真業界ではあまり意識されていないんだよね。考えてる人もあまりいないし、それをよしとしない風潮もあったりするから。

野口:でも、作品の点数が少ないから本をつくるのが難しくなっちゃうんです。『創造の記録』もそうですが、3シリーズくらいないと1冊の本にならない。私にとっては展覧会で発表することが前提なので。これまで考えたことがなかったけど、日本の写真家は、作品の点数が多いから写真集にしてまとめるのが合っているのかもしれないですね。

ホンマ:削ぎ落としていくことで写真の効果が最大化されるんだよね。だからもう少し野口の仕事をみんなが教科書にしたらいと思うんだけど。

野口里佳「座標感覚 #11」1993年

野口里佳「座標感覚 #11」1993年 Cプリント © Noguchi Rika(『創造の記録』収録)

対談 ホンマタカシ×野口里佳

ホンマ:野口的な、削っていく美学が新作の「海底」にもあるよね。

野口:ものすごく点数の多い作品とか、自分から離れたところには行ってみたいんですけどね。毎回チャレンジはしているんですが、結局はそうなっていかないんですよ。

ホンマ:でも、作家として成長して変化していかなければいけない一方で、周りの環境も変わる。『創造の記録』の作品もいま見ると異質に感じられたりするし。だから、沖縄に住んだというのも流石だなと思った。こっちは東京生まれ東京育ちだから。東京を経由せずに制作できるのは羨ましいね。

『創造の記録』野口里佳

「創造の記録 #29」1993-1996年 Cプリント © Noguchi Rika(『創造の記録』収録)

野口:私はいろいろなところに住んできたので、なかなか自分の中で自分が全部繋がらないんですよ。だから歴史が一本に繋がっている感覚には絶対たどり着けない。

ホンマ:ただ、いろいろなところに住んでいるのに、作品のトーンが変わらないというのは面白いね(笑)。

野口:そうですね。こんなに移動しているのにどうしてなんだろう……(笑)。

ホンマ:それは「削る」ことと関係していると思う。しかも野口の場合はそれが作品を通じて宇宙や普遍性に繋がっていくのが面白い。今回の写真も本当に月面みたい。この前初めて意識的に何度か茶室に入ったんだけど、何も設えがないほど宇宙に近づいていくんだよね。禅もそうだけど、削っていく作業の方が宇宙に近づいていく。要素を増やしていくと俗になってしまうから。日本人はもともと「間」みたいな概念をもっていたのに、最近はゴチャゴチャ煩雑になってきているよね。

野口:茶室の話は確かにそうですね。ただ、いまは沖縄に住んでいるので、逆に有機的なものを楽しんでいます。私自身は変わろうとしてるんですけどね。

野口里佳「海底」展示風景 タカ・イシイギャラリー東京

野口里佳「海底」展示風景 タカ・イシイギャラリー東京 2017 年9月9日-10月7日 Courtesy of Taka Ishii Gallery Tokyo / Photo: Kenji Takahashi


ホンマ:変わらないものなんてないからね。野口は俺から見ると不器用な撮り方をしてると思うけど、それが味になっているのがいい。単に写真が上手い人はもっとたくさんいると思うけど。そこが表現のひとつの秘密だと思う。

野口:上手い人の苦労がわからないんですよ。上手いからわざと外して偶然を呼び込むとか、なるほどそんな苦労もあるのかと思います。私なんて、いつもどうすればこのカメラを使いこなせるようになるのか、ということが課題なので。

ホンマ:でも、上手い写真は大抵つまらないよね。今回の写真も、きっと1枚撮るのに何週間もかけて、数値だけ見ればもっとクオリティの高いプリントをつくる写真家はいると思う。でも、アートの価値は逆。一生懸命手間暇かけて上手くいったというのは、工芸品だったらいいけど、アートにおいては価値にならないから。そういうことを最初から掴んでいたというのが野口の最大の強みなんだと思う(笑)。ただ、野口が面白いのは、上手い写真にも興味があることだね。

野口:もちろん興味はありますよ!「上手くて困る」って一回いってみたいです。私はいつもいい写真を撮ろうと思って精一杯ですから……。

ホンマ:「精一杯削ぎ落としてる」ほうが高級だよ(笑)でも、いまはモノが溢れている時代だし、これからは絶対にその方がいいよ。

▼展覧会
タイトル

「海底」

会期

2017年9月9日(土)〜10月7日(土)

会場

タカ・イシイギャラリー(東京都)

時間

11:00~19:00

休館日

日月曜、祝祭日

URL

http://www.takaishiigallery.com/jp/archives/17059/

▼写真集
タイトル

『創造の記録』

出版社

roshin books

価格

5,000円+tax

発行年

2017年

仕様

ハードカバー/231mm×276mm/80ページ

URL

http://roshinbooks.com/record.html

野口里佳|Noguchi Rika
1971年大宮市(現さいたま市)生まれ。1994年に日本大学芸術学部写真学科を卒業、12年間のベルリン滞在を経て現在沖縄を拠点に活動。主な個展として、「光は未来に届く」IZU PHOTO MUSEUM(静岡、2011年)、「太陽」モンギン・アートセンター(ソウル、2007年)、「星の色」DAADギャラリー(ベルリン、2006年)、「彼等 野口里佳」アイコンギャラリー(バーミンガム、2004年)、「飛ぶ夢を見た 野口里佳」原美術館(東京、2004年)などが挙げられる。野口は2018年3月に開催される第21回シドニー・ビエンナーレに参加予定。

IMAGRAPHY

ホンマタカシ|Takashi Homma
1962年、東京都生まれ。1999年に『東京郊外』で第24回木村伊兵衛賞受賞。2011~12年、金沢21世紀美術館など国内3カ所の美術館を巡回した大規模個展「ニュー・ドキュメンタリー」展を開催。現在、東京造形大学大学院客員教授。2016年に、イギリスの出版社MACKより、カメラオブスキュラシリーズの作品集『THE NARCISSISTIC CITY』を刊行した。>IMAPEDIA