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Yoshiyuki Okuyama × Yuri Mitsuda

対談 奥山由之×光田由里
写真に反響する“こだま”に耳を澄まして

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東京

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奥山由之

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「BACON ICE CREAM」で一躍注目を集めた奥山由之の最新作「As the Call, So the Echo」の展示がGallery 916で開催されている。本作は、死生観にまつわるショーや舞台などを抽象的にとらえたイメージと、長野に移住したその家族と村での暮らしを追ったイメージが章立てで交差していく。撮ったあとに写真から返って来る“こだま”に耳を澄ませ、シークエンスに物語性を取り入れながら編まれた展覧会や写真集には、随所に細やかな意図が仕掛けられている。写真評論家の光田由里を聞き手に、奥山由之の新境地に迫った。

構成・文=IMA
写真=高橋マナミ

As the Call, So the Echo

『As the Call, So the Echo』奥山由之(2017年、赤々舎)

光田由里(以下、光田):写真集の表紙に2枚の写真を選んでいますね。なぜこの2枚を選ばれたのでしょうか?

奥山由之(以下、奥山):僕にとって写真の引力を体現している、今作を象徴する2枚です。撮ったときには気付いていなかったのですが、後からよく目を凝らすと自分が被写体をどうとらえているかとか、この村と僕は一体どういう関係性なのかを教えてくれるんです。特に右のお祭りの写真には、僕がこの場所に不思議な引力を感じていることを表しているのかなと思いました。

光田:一見すると普通の写真ですよね。

奥山:普通ですが、どことなく危うさも感じます。集会の雰囲気や、どこにもピントが合っていないこととか。この作品を撮るきっかけは、僕の友人である哲朗さんが長野に引っ越したことでした。哲朗さんと出会ったときに、彼にしか見たことのない“何か”を感じて強く引きつけられたんです。そんな彼が「長野においでよ」と誘ってくれて以降、通うようになりました。

光田:断続的に通われたんですか?

奥山:そうですね。哲朗さんは洋服のデザイナーをしていて、家族やスタッフ8人くらいで、長野の山奥に移住したんです。僕が初めて訪れたのは、みんなで移り住み、空き家の改装作業を自分たちでしている頃でした。小さな村なので、すぐに村の人たちと知り合いになって、住民はおじいちゃんおばあちゃんが多くて、僕がその輪の中に加わっていました。これまで自分が築いてきた人間関係に、地域や組合、近所づきあい、といった中景のコミュニティは少なかったので、まるで円環を描くように綺麗なその村での人と人の関わりは、ある種の憧れに近いものがあったのかもしれません。

光田:それがこの表紙の写真に代表されるのですね。では展覧会を拝見できればと思いますが、入ってすぐの1章に飾られているノイズのある写真は何を写しているのですか?

手前壁面が1章となる写真群

手前壁面が1章となる写真群

奥山:これは撮影した映像をブラウン管のテレビに映して、その画面を複写しています。哲朗さんが開催したファッションショーがプールで行われたのですが、モデルさんがプールに設置された道を歩きながら、途中から水中に落ちていくといった内容で、それを撮ったものです。生まれる前や死んだ後の景色をテーマに感じる、演劇的なショーでした。

光田:なぜ映像を複写したのでしょうか?

奥山:写真でも少し撮影していたのですが、映像として記憶に残しておきたい時間だな、とその場で思いました。撮った時は写真に落とし込もうという意識はありませんでしたが、今回、長野を訪れてそこに暮す哲朗さん家族や周囲の人たちを写した2章と4章を撮った後、この作品においては、死生観を象徴するこれらのイメージで始まることが大事だなと思い、後から複写をして写真にしたんです。

interview-20171208yoshiyuki-okuyama_04

光田:いまは映像のスチールでもデジタル写真と同じくらいクリアな状態を得られますが、そこにノイズをあえて入れて、抽象化したかったということでしょうか?

奥山:そうですね。この写真(写真下)は当時ネガで撮影したものなのですが、アクシデントでそのネガを水中に落としてしまって、塩素と乳剤の反応が起こったんです。この膜のようなものが、まぶたの奥で何かを走馬灯のように思い出してしまう感覚に近いと思って、1章の最後にしようと思いました。

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光田:この章はあえてわかりにくくしているのですね。

奥山:鑑賞者の感覚を“見ている”というよりも、“見させられている”という景色にしたかった。大きくプリントしてアクリル加工を施したことで、黒みに鑑賞者が映る。イメージに呑まれるように感じて欲しいんです。各写真の目線も中心も揃えないことで見づらくしようと。作品を解釈していくテンポの主導権が完全に作家側にあるようにしたかった。なんというか、いきなり物々しい、圧力のある展示ですよね。ストーリーでいうならば、生まれる前、羊水にいた頃に見ていた景色としてとらえてもらえると。

光田:見ている側からすると、像が掴みにくい。水の中で服を着ているイメージがあるせいか、自由には見ることができない感覚です。制御されて、クリアじゃない。この作品はそういうところから始まるというわけですね。

2章の展示スペース。アクリルを入れずに額装された写真が等間隔に並んでいる。

2章の展示スペース。アクリルを入れずに額装された写真が等間隔に並んでいる。

奥山:まさにそうです。章ごとに抽象度の高いものと、逆にクリアにその具体物をとらえられる生活の景色を明確に交差させています。人は目を開けば具体的な何かを認識できますが、抽象的なもやもやしているイメージも同時に頭の中では柄の様にうごめいている。その両方があってはじめて生活だと、僕は思っていて。それを描きたかったんですよね。

光田:すごく微妙で難しいところに着目していますね。

奥山:確かに人によっては、自分との共通項を見出しにくいテーマかもしれません。

光田:見ているものとイメージとのあいだに齟齬があると考える奥山さんは、異種の写真を混在させることで、その思いを作品にしているのではないでしょうか。

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