Interview
Michiko Kon

今道子インタヴュー
幻想とリアリズムのあわいで 生と死を見つめる写真

AREA

東京

TAGS

Share

今道子インタビュー

幻想や魔術という言葉を彷彿とさせる今道子の写真。その裏側には、生と死を静かに見つめる徹底したリアリズムがあった。1970年代末に写真家としての活動をスタートさせた今は、1991年には第16回木村伊兵衛写真賞を受賞。現在に至るまで断続的に作品発表を続け、国内外から高い評価を受けている。しかし、その制作について自身で語ることは、これまでほとんどなかった。今回はPGIでの個展「Recent Works 2018」の会場でインタヴューを行った。これまで語られることなかった、今道子の写真の裏側とは―。

インタビュー・構成=若山満大
写真=高橋マナミ


―今回の展覧会は、いつ頃撮られた写真で構成されているんでしょうか?

主に昨年ですね。メキシコの写真は2016年に撮影したものです。

―今回すごく印象的だったのは、メキシコで撮られたセルフポートレイトでした。今さんのこれまでのお仕事には無かった要素ですが、どういうきっかけで撮られたのでしょうか?

きっかけは飯沢耕太郎さんの勧めでした。彼がメキシコから帰ってきた折、私に「メキシコはすごく面白い!今さんも絶対気に入ると思う」といったんです。その後、飯沢さんからベラクルス大学で美術を教えている彫刻家の矢作隆一さんを紹介してもらいました。

それがきっかけで、母校の創形美術学校とベラクルス大学の交流で展覧会をすることになって、初めてメキシコのベラクルス州ハラパというところに行きました。どうせなら記念に何か撮ろうと思って、ローライフレックスを持って渡墨したんですね。それで撮影したのが今回のセルフポートレートでした。ちょうど「死者の日」の祝祭が催されているときでした。

―メキシコに行かれたのは今回が初めてだったんですね。どういうところが印象に残りましたか?

現地で見た作品はかなり濃密でパワフルさを感じましたが、それらが風土とよく調和していたのは印象的でした。もうひとつの自分自身の感性とも通じるような気がしました。それに私の顔がメキシコ人みたいでした。それから、とある縁で「Fototeca(フォトテカ/メキシコ国立写真美術館)」での個展が決まったり、キューバでグループ展をすることになったり。今回の滞在でさまざまな人と出会い、繋がりを持つことが出来ました。普段海外を旅行することはあまりないのですが、今回は人間が苦手な私でも楽しかったですね。

―メキシコといえば、石内都さん。それから北川民次や岡本太郎といった日本人画家もメキシコに強く惹かれていました。今さんもメキシコに惹かれる部分があったんでしょうか?

メキシコだけではなく、中南米の作家の世界観には惹かれるものがあります。若いときアレハンドロ・ホドロフスキーの映画を見ました。DVDが出たので改めて観たのですが、やはりあの世界は大好きです。彼はチリ出身のユダヤ人ですが。でも、彼の映画のような世界が本当にあるのではないかという期待を持って、メキシコに行きました。不思議なもので、そういう中南米的な世界観への関心が高まったタイミングで、この話が飛び込んで来たんです。


今道子

―今さんの作品のスタイルは、およそ30年来一貫していますよね。生々しく光沢がある魚のテクスチャーや、小さなものを寄せ集めて作ったグロテスクなモチーフが印象的です。これまでのキャリアの中で、スタイルを変えようと思ったことは無かったのでしょうか?

なかったです。これが自分の体の中にある水源から来ているものなので、大きく変わるということもないです。東京写真専門学校に在学していたときから、すでにいまのような写真を撮り始めていました。

鎌倉に生まれ育ったので、朝採れのイワシやサバを目にする機会がよくありました。その金属質で、光沢のある表面が綺麗だなと子ども心に思いました。でも、我が家は魚をあまり食べない家庭で(笑)。生臭いとか、なぜか忌み嫌うようなところがありました。ですから、綺麗だなと思う反面、怖くて気持ち悪くて掴めなかったんです。

―「綺麗で魅惑的なんだけど、同時に遠ざけたい対象でもある」というのは、面白いですね。そういう不思議な対象だからこそ、30年来作品のモチーフになり続けているのかなと思いました。現在のスタイルに至るきっかけなどがあれば教えてください。

10代の頃はシュルレアリスム的な絵画を描きたいと思っていました。その頃は澁澤龍彦さんや種村季弘さんの作品を読んでいて、彼らが紹介する作家や作品は、「見てはいけないものを見てしまったときの魅力」を感じさせてくれました。とはいえ、ヨーロッパ的な幻想文学やシュルレアリスム絵画は好きではあったんですが、自分の体質とは少し違うということもわかっていました。

―創形美術学校で専攻されていたのは版画でしたよね。

絵を描きたいと思っていたんですが、油彩画の「乾かしてから、塗り重ねていく」という時間のかかるプロセスがどうも性に合わなくて(笑)。結果が早く出るほうが好きなんです。それで先生の薦めもあって版画をやってみることにしました。

―版画から写真へと表現方法を変えられたのは、どうしてだったのでしょうか?

版画にも写真を取り入れた製版技術があります。シルクスクリーンやリトグラフのような。創形美術学校時代は、写真を合成して作った超現実的なイメージを版画にしたりしていました。そうしているうちに、合成するよりは、現実に存在する「非現実的な世界」をシンプルに写真にした方がインパクトがあっておもしろいんじゃないかと考えたんです。

それで卒業後は、写真専門学校で技術を学んで、現在のような写真を作り始めました。もともとエッチングのような、モノクロームの階調で表された世界は好きだったんです。いままでの作品の多くがモノクロ写真なのは、写真を銅版画の美しさに近づけたいと思っているからだと思います。

―影響を受けた造形作家はいますか?

好きな作家は、友達でもある真島直子さんです。現在は鉛筆画を精力的に発表されていますが、私が好きなのは、骸骨をヴィヴィットな色彩の樹脂で覆った「妖精」という立体作品の方です。ほかには、ハンス・ベルメールの写真や四谷シモンさんの人形、伊藤若冲や植田正治さんなど、独特の世界観を持っている作品には惹かれるものがあります。

―撮影はご自宅でされているんですか?

はい。基本的には自宅の窓際で撮っています。ライティングはせず、静かな自然光の中でものが美しく見える角度を見つけながら撮影します。

―モチーフに水滴がついているのが気になりました。

魚ですから瑞々しくしたのもありますが、鏡を使った場合水滴が不思議な写り方をするのが面白いです。魚は朝採れのものを買ってくるのですが、そこから捌いて、オブジェを作り、日が落ちる夕方までに撮り終えなければいけません。それなりに時間もかかりますから、なるべく生き生きしていてくれるように気を付けます。ですから撮影をするときは人が変わったように集中して制作します。


―今回とりわけ目を引かれたのは「パイン飴」で装飾された額でした。写真のモチーフになっているのもパイナップルの皮ですね。

こんなことをしたのは今回初めてです。私はパイナップルが好きで、モチーフになっているパイナップルの黄色を、どこかで感じてほしいなと思ったんです。最初は額を黄色く塗ってしまおうかと考えたのですが、ちょうどその時お店でパイン飴を見つけて遊びたい気分になりました。私のモチーフはほとんど食べ物です。いまは会場に蚕の形のチョコレートも置いてあります。ちょっと不気味なのですが持っていく人がいます。

―モノクロ写真をずっと制作されてきたわけですが、これまでにも「色が足りない」と感じたことはありましたか?

色が足りないというより、興味を感じる色はあります。特に赤はモノクロだと黒色に還元されてしまいますから難しいです。カラーで赤を意識的に表現したシリーズや青を表現したシリーズは以前作りました。今回は赤い額がほしくて特注しました。

―先ほど話題にもあがった中南米の世界は、色彩が鮮やかで豊かですよね。そういうものに惹かれる一方で、表現方法としてモノクロを選ぶのはなぜなんでしょうか?

中南米的な色彩や、太陽の光は大好きなんです。それと光と影のコントラストが好きで、その中で生と死や、善と悪といったような相対するものを表現したい気持ちがあります。モノクロ写真は暗室の中で、自分の手でイメージに合ったプリントを作り上げることが出来るので魅力があります。

―もうひとつ今回のモチーフで気になったのは、蚕と繭でした。これらを撮ろうと思ったのはどうしてだったんでしょうか?

あるお店で繭玉を見つけたんです。繭玉を少女の洋服に付けたら面白いのではないかと軽い気持ちでした。インターネットで繭玉を探していたら、「蚕飼育セット」が目に入りました。蚕20匹とソーセージのような形をした餌がついて3,000いくらと書いてあるんです。小学校のとき、クラスで蚕を飼っていました。白くてニョロニョロ動くたくさんの蚕が苦手だったんですが、繭玉だけだとちょっと物足りない感じがして、勇気を出してそのセットを注文したんです。はじめは予想通り気持ち悪くて触れませんでした。割り箸でつまんでモチーフのワンピースにのせたのですが、意外に動きが早くて、動かないものしか撮影しない私はてんてこまいになりました。それでもだんだん蚕の顔が人の顔に見えてきて、愛着が湧いてきました。

飼育セットの説明書には、この蚕は一週間で繭を作りはじめ、15日間ぐらいで蚕蛾になりますと書いてありました。その後、交尾をして、卵を産んで、飲まず食わずで一週間ぐらいで死にます、と書いてあって、本当にその通りになったんです。

よく調べてみると、蚕はほとんど目が見えないし、蚕蛾は飛べなくて、口もないそうです。家畜である蚕は数千年という絹の歴史の中で、野生に戻れない、自然のなかでは生きられない体になってしまったんだと思うと、石を飲んだような気持ちになりました。それを「蚕観察」というタイトルで写真を撮ろうと思ったんです。


繭少女, 2017 ©︎ Michiko Kon, Courtesy of PGI

山羊少年, 2017 ©︎ Michiko Kon, Courtesy of PGI

―蚕のような「生きたもの」を被写体にするのは、今さんのお仕事の中では例外的ですよね。逆に、魚のような「死んだもの」を被写体にするのはなぜなんでしょうか?

子供の頃、自分や自分が大切に思っている人が死んでこの世から体が無くなってしまうことが怖かったんです。いま思うと、写真に惹かれたのは写真を写すことで、人間の体や魚の体が、時間が止まったように「永遠になくならないもの」になった気がするからではないでしょうか。

―今後も蚕は被写体になりそうですか?

まだ蚕には興味はあるけれど、あのサイクルを変えられないと思うと気が進みません。ペットではない家畜ということが、どんなことなのかわかった気がしました。

―今回のモチーフの中には「飛べないまま死んでしまったトンボ」や「カテーテル」などがあります。どれも静物ではあるのですが、動物としての生命とその死を考えさせるものですね。

写真のモチーフはほとんど食材として売られているものですが、見方によっては、死んだものでオブジェを作ることは、ある種の倫理観では受け入れられない感じがあるんです。それがかえって自分は興味深いと思えるんです。でも最近は、庭の中で昆虫や植物の生や死を見つけることがあったり、部屋の中ではセキセイインコが飛び回り、机の上には鳥の剥製があったりで、生と死が入り乱れているのが自然なことで、特別なことではないのかな、とも感じます。

タイトル

「Recent Works 2018」

会期

2018年3月7日(水)~4月28日(土)

会場

PGI(東京都)

時間

11:00〜19:00(土曜は18:00まで)

休館日

日曜、祝日

URL

https://www.pgi.ac/exhibitions/3784/

今道子|Michiko Kon
1955年鎌倉に生まれる。1991年木村伊兵衛賞受賞。近年の主な個展に、「Naturaleza Muerta」(メキシコ国立写真美術館, 2017年)、「Michiko Kon」(ミシェル・ソスキネ・ギャラリー, マドリッド, 2017年)。グループ展に「BIRDS OF A FEATHER」(ロバート・マン・ギャラリー, ニューヨーク, 2017年)、「私はここにいます」(サロン・ド・ベール, 小諸市, 2017年)、「永遠の幻想・美の幻影」(スパンアートギャラリー, 六本木ストライプスペース, 2017年)などがある。作品は、東京国立近代美術館、東京都写真美術館、シカゴ美術館、ジョージ・イーストマン・ハウス、センター・フォー・クリエイティブ・フォトグラフィー、プリンストン大学美術館、ポラロイド・コレクション、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ美術館などにコレクションされている。

TAGS