写真専門書店Dashwood Booksに勤め、出版レーベルSession Pressを主宰する須々田美和が、いま注目すべきニューヨークの新進作家たちの魅力をひもとく連載。世界中から集められた写真集やZINEが一堂に揃う同店では、定期的にサイン会などのイベントが開かれ、アート界のみならず、ファッション、音楽などクリエイティブ業界の人たちで賑わいをみせている。ニューヨークの写真シーンの最前線を知る須々田が、SNSでは伝わりきれない新世代の声をお届けする。
インタヴュー・文=Miwa Susuda
いまアメリカの写真業界で快進撃を繰り広げる、2016年にイエール大学院写真学部を卒業したばかりの新進作家ジョン・エドモンズ(1989年生まれ)。アフリカ系アメリカ人でゲイであるバックグラウンドを持ち、美しいポートレイト作品を通して自分の属するコミュニティの魅力を伝え、同時に抱える問題も投げかける。マイノリティであることを強みに変える強さと軽やかさを併せ持つエドモンズに、どのようにキャリアを積み重ねてきたのか、自身の背景が作品に与える影響、そして新作「Tribe: Act One」について尋ねてみた。
―生い立ちや写真との出会いについて教えてください。
僕は、ワシトンDCで生まれ、そこで幼少期を過ごしました。スミソニアン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、ハーシュホーン美術館などに行くのが、小さいころの楽しみでした。そのことがきっかけだと思うのですが、暇さえあれば、絵を描いて過ごしていましたね。高校生のときに、姉がオートフォーカスのカメラを貸してくれて、セルフポートレイトや自分の身に周りの世界を写真に撮り始めました。
―イエール大学院写真学部に進学した経緯を教えてください。
写真を始めてすぐに、フィリップ・ロルカ・ディコルシアの 「Hustlers」に出会い衝撃を受けました。ディコルシアが同校で教鞭をとっていたことが、進学の一番の動機でしたね。また、イエール大学院の写真学部の卒業生が、尊敬する写真家ばかりだったことも理由です。とても人気が高い学部で世界中から多くの人たちが入学を希望し、何年もかけてやっと合格する生徒もいる中、一発で合格できたのはラッキーでした。イエール大学で学んだことは、自分のアーティストとしての人生を大きく変えることだったと思います。
―アメリカの大学院の写真学部では、コンセプトや作品のあり方を熟考する訓練を受けますよね。ジョンさんも、最終的な作品がどう見えるかといった客観的な視線を意識的に持ちながら作品を制作されていますか?
もちろん出来上がった作品がどう見えるのか、どのような作品を作りたいのかは、制作をする上で意識的に考えるべきだと思いますが、人の心を打つ作品は、結局のところ、アーティストの心の内側にある表現したい切迫した思い、熱い情熱が無くしては生まれないと思っています。もちろんいろいろな評論を読んだり、ほかの作家が過去にどのような作品を作っているかを調べたりすることは重要ですし、自分自身の作品を批評的に見ることはベースにあるべきだとは考えています。しかしながら、作家として一番重要なことは、自分自身しか感じることのできない感覚に意識を沈ませ、心の声を聞くことだと思っています。周りの意見や学術的にどう自分の作品が評価されるかを考えるだけでは、作家として不十分で、自分の心をどのように作品に反映させていくかが大事だと思います。
JohnEdmonds Du-Rags America, The Beautiful, 2017
―昨年1月に「Light Work」、今年の夏はカナダの「BANFF Center for Creative Arts」というレジデンスプログラムに参加されていますね。滞在制作プログラムの利点とは、何でしょうか?
ニューヨーク州のアップステイトにある「Light Work」は、1カ月間のレジデンスプログラムです。40年以上前に創設され、これまでに300名以上のアーティストや写真家が参加しています。過去の参加作家で活躍している人は数知れませんが、例えば、過去にはシンディ・シャーマンやジョエル・スタンフェルドも参加しました。僕は、滞在中に尊敬するアーティストであるキャリー・メイ・ウィームスに出会えて、制作についてさまざまな意見を交わせたことは貴重な経験でした。
レジデンスプログラムは、制作に集中できる環境の中で自分の作品のあり方や今後の方向性をじっくり考える時間を与えてくれます。もちろん普段も自分の作品について意識的に考えていますが、忙しい日常生活から離れ、人との接触を制限して孤独になり、全身全霊で制作に取り組むことができる機会を持てたことは素晴らしい経験でした。
―オハイオ州のコロンバス美術館でアフリカ系アメリカ人の写真家のグループ展「Family Pictures」(2018年2月16日〜5月20日)に参加されましたね。アメリカの黒人社会ににおける家族、宗教、セクシュアリティ、文化、歴史について検証する展示会でした。キャリー・メイ・ウィームスやロイ・デカラヴァ、ディアナ・ローソンら先人たちとご自身の作品が並べられたことを、どのように受け取られますか?
尊敬する大御所の方々と一緒に本展に参加できたことを心から嬉しいと思う一方で、あまりにも光栄すぎて、いまだにどれだけ自分のキャリアに影響を及ぼすのか測れていません。準備期間中に、キュレーターのドリュー・ソウヤーと、ほかの作家の作品と並べて自分の作品をどのように紹介すべきかミーティングを重ね、検証することができたので、結果として納得のいく展示となりました。ただ作品を飾るだけでなく、美術館の人たちと意見を交わすことで自分の作品のあり方に責任を待つことに繋がります。このプロセスは、今後も大切にしたいと思います。
John Edmonds Tribe tê tedehomme, 2018
―ニューヨークのローワー・イーストサイドにあるギャラリー、ltd Los Anglesで個展「Tribe: Act One」(5月4日〜31日)を開催されました。「Tribe: Act One(部族:第一幕)」と名付けられたタイトルは、お芝居のような印象があり、続編があると予想されます。また、モデルがバンダナで口を覆っている作品や、アフリカの仮面をモデルの顔と並べている作品など、小道具が意識的に使われています。これまでの作品とどのような関連性を持っている展示会でしょうか?
本展では、ギリシャ神話など創世記の物語のようなイメージを表したく、スティルライフ、ポートレイト、そのふたつを合わせた写真で構成しました。作品の中で仮面やバンダナを使ったのは、「All Eyes on Me」「Hoods」 や「The Du-Rags」など過去の自分作品で顔や頭に被り物をしたポートレイトを作品にしてきたことと繋がりがあります。これまでアフリカ系アメリカ人であるという自身のアイデンティティの表現として、フード付きのパーカーやヘッドアクセサリーであるドゥーラグなどを作品にとり入れていましたが、本展では、より直接的で劇場的な表現をしたく、アフリカの民族芸術のひとつである仮面を使用することにしました。それにより、自分のバックグランドをさらに強調したかったのです。そして、第2幕についても構想を練っているところです。
僕の作品のひとつひとつは、独立して制作され、完結しているのでなく、常に次の作品と関連し、さらに展開していくことが特徴といえます。例えば、2016年に発表した「The Hoods」を今年4月に開催されたカナダのトロントの写真フェスティバル「The Contact Photo」で展示したのですが、今回は大規模なインスタレーションを展開しました。僕が作品制作において目指しているのは、一つ一つのシリーズを完結させることよりも、作品が自分を次のステップへ導いてくれるように発展させるとことにあります。
―前作との関連性でさらに発展させた点として、具体的に.「Tribe: Act One」ではどんなところを意識されましたか?
初期作品では、親密性を見出すことを念頭に入れて作品を制作していました。本作は見る人の偏見や視線を意識的に取り入れ、それを逆手にとって見方を逆転させるような表現がしたいと思った点が一番の違いであり、さらに発展できた点であると思います。
―本作では、暖かい印象を残すテコラッタ色が多用されていたのが印象的でした。肌がゴールドの光に包まれて輝いて見え、神聖な感じがします。
本作では、撮影するときに大きなレフ板を用いて、黒人の肌の持つ豊かさとかあたたかさを表現したいと思いました。歴史的に、黒人の肌や姿を写した写真で人種差別を煽り立てるような表現がされてきたことは否めず、そういった事実は理解しています。あなたが僕の作品の黒人の肌を尊いものに見てくれて嬉しく思います。僕は、身体、すなわち僕ら一人一人は芸術そのものだとだと考えています。
―もうひとつ気になった点は、作品中のモデルの性別の曖昧さで、それが扇情的で奇異なものとして表現されているのではなく、美として存在を誇示している点です。性について、まだ自身の作品の中での性の表現についてどのように考えていますか?
男女の性別の区別は、身体の構成を判断するための区別であるだけで、僕はその表象的な構成を飛び越えたところにある、「個」がなんたるかを見つめようとしています。魂や精神が重要であり、性別という要素は個を包む器なだけだと思っています。本作に協力してくれたモデルの多くは、僕の友人でそれぞれのユニークな性格や心のあり方を以前からよく知っています。そして撮影を通して、被写体とさらに親密になることができます。みんなそれぞれ感じ方や考え方が違うので、撮影に向かう際には僕自身もモデルに合わせてコミュニケーションの仕方を変えて、より親密に、敬意を持ってモデルの心に寄り添い理解することを努めます。初めての試みなのですが、「Tribe: Act One」では、自然光が入るスタジオでの撮影にしました。
―最近の活動について教えてください。
この秋、ニューヨークのカプリシャス・ギャラリーから初めての写
ジョン・エドモンズ|John Edmonds
1989年、ワシントンD.C.生まれ。ニューヨーク、ブッルクリン在住。2016年にイェール大学大学院写真学部を卒業。BANFF Center for Creative Arts(アルバータ、カナダ、2018年)、Light Work(シラキュース、ニューヨーク、2017年)や、The Center for Photography (ウッドストック、ニューヨーク、2017年)など、数々のアーティストレジデンシーに参加。ltd los angeles(ロサンジェルス、2017年、ニューヨーク、2018年)にて個展を開催。カプリシャス・ギャラリーが主催するアワードでグランプリに選出され、初の写真集『Higher』を出版。本年度のParis Photo-Aperture Photobook AwardのThe First Photobook Prizeのショートリストに選出された。
須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。