1985年、ワシントンD.C.生まれのダニエル・シェアは、2013年イリノイ大学シカゴ校で美術学修士を取得後作家として活動を開始。自費出版した写真集『Blisner, Ill』などが話題を呼び、昨年にFoam写真美術館が選定する写真賞「Foam Paul Huf Award 2018(フォーム・ポール・ハフ・アワード)」を受賞。受賞作となる「43–35 10TH STREET」では、自身が拠点とするニューヨーク・ロングアイランドを撮り下ろし、資本主義社会がもたらした環境変化を批評的に、しかし独特のユーモアを持った距離感と視点で見つめ評価された。いまや最も活躍する若手作家のひとりである彼が、今回ファッションブランド「1017-ALYX-9SM」の企画でイギリスを拠点とするデザインユニット「OK-RM」とコラボレーションを行った。TOKYO ART BOOK FAIR: Ginza Edition(以下“TABF”)期間中に開催された展示のために来日中のシェアに話を聞いた。
インタヴュー・文=深井佐和子
写真=清水はるみ
―今年1月にFoam写真美術館で開催されていたFoam Paul Huf Awardの受賞展「43–35 10TH STREET」を拝見しました。廊下や窓にも作品が配置され、植物が上から吊るされていたりと、被写体は建築物やニューヨークという大都市の非人工的な風景も多いにもかかわらず、不思議と有機的な空気の流れる展示でした。
ありがとうございます。展示の前に会場を見るためと、実際のインスタレーションのため、合計2回会場に足を運びました。僕の場合は展覧会という空間そのものをその都度デザインすることを、ひとつひとつの写真作品を制作するのと同列に重要に考えているんです。写真作品を仕上げるのはひとつのステップで、そのさらに先に、展示空間のデザインという作業が発生します。
―花や植物はよく展示空間に設置するのですか?
そうですね。今回のTABF会場内の展示でも、生け花を置く予定です。有機的な生物と写真とを組み合わせる可能性について、色々トライしている段階です。
―写真の中では、光や自然を見つめる柔らかな目線が印象的です。実際に空間に植物があることによって、観客の経験に何か有機的な印象を残すというか、そういう目的でそのような方法を取っているのでしょうか?もしくは、写真の中の印象を、物理的な空間にまで広げるというような意図でしょうか?
写真の中に出てくる自然のイメージをそのまま物理的空間に持ち出すことによって、写真を「経験」にしてほしい、ということは意図しています。それに加えて「自然=建物の装飾」という概念についてもアプローチしています。歴史的に自然のモチーフは頻繁に建造物の装飾に用いられますし、自然の写真という「商品」もまた、空間の装飾に用いられますよね。人間よりも太古の昔から存在している「自然」を、私たち現代の人間は「商品化」し、建造物にそのモチーフを用いて「装飾」することによって、価値を付け足してきました。のっぺりした壁面よりも、植物のレリーフがある方が「暖かい」感じがしたり、何もないリビングの壁よりは「自然の写真」がかかっている方がいい、という風に。そういう自然と人工の逆転というアイロニーを含んだシンボルとしても、植物を置いているんです。
―そもそもどのようなきっかけで写真を始めたんですか?
カメラ自体には子供の頃から魅力を感じていて、高校の時には作品を撮り始めていました。
―普通の高校生のように友達や日常を撮るのではなく、すでにアートプロジェクトに取り組んでいたということですか?
そうですね。友達が被写体の時もありましたが(笑)。進学後、ペインティングを専攻するつもりだったのですが写真が面白くてそちらにシフトしました。そのため写真だけではなく他のメディウムからも影響を受けています。大学院では彫刻も学んだので、写真とその展示空間ということについても人一倍こだわりが強いのだと思います。
―ご自身の作品に通底するコンセプトをどのように表現しますか?
イメージに写っているものと、オブジェとしての写真そのものの差異や共通項について、またイメージとは何かという命題には常に興味があります。モチーフとしては、僕は建物、もっと言うと建造物、つまり人間が作った環境そのものというモチーフに魅せられています。建築とは、ひとつのタイムカプセルだと思うんです。すべての建造物は、ある時代の考え方をぎゅっと凝縮し、野心を持って作られています。人々が使用する目的のためだけではなく、思想のステートメントなんですよね。面白いのは、建設当時の建造者達の意図は、実際の使われ方、建物のとらえられ方に対しては主導権を握っていません。つまり形に込められた意味と、現実に存在するあり方、その社会的な影響には時が経つと矛盾が出てくる。それが面白いと思っている点です。
ダニエル・シェアによる展示風景
―前作「43–35 10TH STREET」は、まさにメトロポリス、ニューヨークについての作品でした。
僕はイリノイ州の生まれで、大都会出身ではないのでメトロポリスに暮らすこと自体が自分にとって不自然で、興味深い経験なのです。東京もニューヨークも密度が濃く、本当に建物がひしめき合っている。そのメタボリズムの中でやはり興味深いのは先ほど言った矛盾点の表出ですね。モダニズム時代の建物には、街を変えられる、人々の生き方も変えられるという社会主義的な理想に基づいた野心と希望があったけど、ニューヨークだけではなく世界の大都市が圧倒的な資本主義への転換したことにより失速しました。人間がある時代に築いた世界像が崩壊し、消費主義に飲まれていく様を写し出したのが、前作でした。人間は長期的な視点を持つことが苦手です。だから温暖化が起こっているようにね。でも地球のもつタイムスケールはもっとずっとゆっくりしたものです。都市とは自然のタイムスケールが持つある一瞬の表情にしか過ぎないのです。その矛盾が面白いんでしょうね。プロジェクトごとにバラバラではありますが、そういう点が通底していると思っています。
―都市の人工物が主な被写体ですが、その中には人間の姿、鳥の体毛、植物、そしてガラスを透過する光など、都市に存在する美的な、時には感情的ですらある詩的な視点も見られます。人工物を撮影することと、美的感覚の表出はどのようにバランスをとっていますか?
再開発の様子や建物を撮る時に、ネイチャーカメラマンが鳥の美しさを撮るように、自然を見るようにテクスチャーを撮りたいと思っているんです。しかし都市の真ん中に立っていると、人は建造物の一部分しか見えていない。全体を見ることは不可能です。そのため遠距離や高い場所から望遠レンズで細部をクローズアップして撮影することが多いです。
―では今回のプロジェクト「Ex Nihilo」について聞かせてください。
今回の作品は元々ロサンゼルスのファッションブランド「1017-ALYX-9SM」の企画から始まりました。彼らがデザインユニット「OK-RM」に依頼し、その2人が僕に声をかけてくれたのです。ロサンゼルスでブランドデザイナーのマシューとも意気投合し、普通のコミッションとは異なり、アーティスト・イン・レジデンスのような形で自由度の高い制作が出来ることが大きかったです。ブランドの洋服の生産地やその周辺に立ち入れたのは面白かったですね。
―イギリスを代表するデザイナーユニットOK-RMのディレクションが存分に行かされた、ファッションブランドのコミッションとは思えない美しい本の仕上がりですね。
コミッションワークはこれまでも度々行ってきましたが、今回のケースはそのどれとも違う、とても意義深いものでしたね。始まりがなく終わりもない輪廻転生のような本を作ってみたいという意図があったのですが、この本を開くと突然都市の密集した産業的なイメージに直面します。そのイメージは別ページにある、一見のどかなランドスケープに写された鉱山で起こっていることを象徴しています。僕にとっての世界の基本的イメージである、ランドスケープと、それが象徴する産業プロセスという二つの要素を行き来できる構造なのです。
OK-RMとはコンスタントにディスカッションを重ね、僕が撮影した写真を送り、フィードバックをやりとりすることで、作品が生き物のようにどんどん変容していきました。仮想の物語のようなものが出来上がり、それを元に編集をしていき、さらにそれらのナラティブの要素を逆に削ぎ落とし、いまのような形になりました。写真を重ねたり並置することは自分の作品にとってとても重要なのですが、今回はそこにさらに特殊印刷を加え、例えばひとつのランドスケープの写真に、印刷で別のイメージを重ねる。それによってもうひとつの時間軸がレイヤーとして加わり、本全体のサーキュレーションが分断されるなど、彼らの印刷についてのテクニカルな理解が、作品にさらに深みを与えてくれました。
今回の東京での展示もOK-RMと共同で考えました。動画でも撮影していたため、3チャンネルの映像作品を作り、自分で音もつけています。10代からパンクが好きだったこともあり、自分にとっては音楽も重要なバックグラウンドです。特に日本のハードコアパンクバンドの大ファンだったので、東京に来るのはいつでも本当に楽しい。このコラボレーションを東京でローンチすることが出来てとても嬉しいです。
▼展覧会 | |
---|---|
タイトル | 「Ex Nihilo」OK-RM & Daniel Shea |
会期 | 2019年3月8日(金)~3月17日(日)*会期終了 |
会場 | Ginza Sony Park(TOKYO ART BOOK FAIR: Ginza Edition内) |
URL |
タイトル | |
---|---|
会期 | 2019年3月8日(金) ~ 4月14日(日)*会期延長 |
会場 | Ginza Sony Park(東京都) |
時間 | 10:00~20:00 |
URL |
▼写真集 | |
---|---|
タイトル | 『EX NIHILO』 |
出版社 | In Other Words |
刊行日 | 8,800円+tax |
発行年 | 2019年 |
仕様 | ソフトカバー/230mm×298mm/ポスター・小冊子付き |
URL | https://www.twelve-books.com/products/ex-nihilo-by-daniel-shea-ok-rm |
ダニエル・シェア|Daniel Shea
1985年、ワシントンD.C.生まれ。イリノイ大学シカゴ校で美術学修士を取得、卒業後シラキュースのLight Workでレジデントアーティストとして活動を開始。2012年に初となる写真集『Blisner, Ill』を、2014年にはそれに続く『Blisner, IL』を発表した。2018年に「Foam Paul Huf Award」を受賞、Foam写真美術館で展覧会を開催し、Kodoji Pressより『43-35 10th Street』を出版した。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。