Interview
Munemasa Takahashi

私と愛機 vol.1 高橋宗正〜旬のフォトグラファーとカメラの関係〜
アナログの大判と超最新ミラーレス。カメラの歴史を行き来する理由。

高橋宗正

東北大震災後、持ち主を失った写真を修復する作業を主とするプロジェクト「思い出サルベージ」や「Lost & Found project」、亡き友に捧げた「石をつむ」などを通じて人々の心に寄り添うように写真と向き合ってきた高橋宗正。そんな作家活動の中で出会った愛機。超最新型カメラとクラシックな大判カメラの両極ともいえる機種を使い分ける彼に、それぞれのカメラの個性とその選択に至るまでの自身の制作の関係性について尋ねてみた。

文=小林英治
写真=白井晴幸

フィルムに立ち返ったEOS-1N

―最初の1台は、EOS-1N。35mmの一眼レフですね。

写真の専門学校に通っていたときから使っているカメラで、これで撮影から現像、プリントまで写真の基本を勉強しました。レンズは古いペンタフレックスです。その後、仕事ではデジカメを使うようになりましたが、2013年くらいからまたフィルムに戻って、このカメラで撮影した写真で作品集『石をつむ』(VERO)を作り、個展を開催しました。

EOS-1N

―フィルムに戻ったのは何かきかっけがあったんでしょうか?

パリフォトなど外国のフェアに行くようになると、(フィルムを現像した)プリントの方が作品として強いと気づいたんですよね。それはどうしてだろう? といろいろ考えはじめて、『石をつむ』では意識的にフィルムで撮りました。それと、このシリーズでは、震災後に津波で流された写真を持ち主に返す「思い出サルベージプロジェクト」の活動を一緒にしてきた友人が亡くなってしまい、彼への追悼という意味合いがあったので、デジカメの写真をパソコンの画面の前でクリックして作業するよりも、暗室で薬品とか使ってジャバジャバやってる方が、作る作業としてしっくりきたというところもありました。念を込めるじゃないですけど、結局そういうことが作品には必要だし、喪失感から気を紛らわすという意味でも、手を動かす作業が当時の自分には大事だったんだと思います。

高橋宗正

―久しぶりにフィルムカメラを使って感じたことありましたか?

デジカメを使う癖がついてるので、撮った後にボディのモニターで確認しようとするんですよ。で、「あ、(モニターが)ない」っていうのを毎回やる(笑)。それと学生の頃よりフィルムが倍くらいの価格になってるので、シャッターも気軽に切れないですよね。でも、10年ぶりに現像とかプリントをやると楽しかったです。忘れてることはフィルムで撮ってる後輩に教えてもらって、イチからやり直しました。


憧れの大判カメラ8×10

―そして2台目はディアドルフの8×10。大判はここ2~3年で最近始めたそうですが。

バイテン(8×10)にはずっと憧れがあって、やっぱりエドワード・ウェストンからアンセル・アダムス、三好耕三さん、柴田敏雄さんといった錚々たる写真家たちが使っていますから。EOS-1Nでフィルムに戻って、自分もいつかバイテンで撮ってみたいなと再び思いはじめていたところに、いろいろな偶然が重なって、知人に安く譲ってもらえることになったったんです。

―その偶然というのは?

『石をつむ』を捧げた友人とは、生前に交わした約束があったんです。震災で流された写真を洗う活動をしていとき、1枚の写真が持っている力をまざまざと見せられて、わざわざ自分が写真を撮る意味が見えなくなってしまって。でも何か撮りたいなという気持ちはあったので、何を撮ったらいいと思うか人に聞いて回ってたんですよ。そしたら、その彼が「水に浮くもの」っていったんです。でも震災のあった町で水に浮くものといったら、家とか、死体とか…、いろんなもの思い浮かべてしまうじゃないですか。そのときは「そのうち撮ってみるよ」って話は終わったんですけど、そのあと彼は死んでしまって、その約束は忘れてしまったんですね。ショックが大きくてどうでもよくなったというか。でも頭の隅にはずっとあったんです。

―そんなことがあったんですね。

それで、2017年に香川県の金毘羅山に友人の安産祈願で行ったときに、お宮(金刀比羅宮旭社)の脇に大きな水瓶を見つけたんです。そこにみんなお賽銭を入れるんでけど、中には水面に浮いてる1円玉があって、「あっ、水に浮くものあった!」と急にあのことを思い出して、これはあの約束を果たせってことだなと思ったんです。山を下りながら、水のディテールって大判だとすごく綺麗だからバイテンで撮りたいな、でも高いから買えないかな、帰ったらネットで調べてみようって考えながら。それで次の日に東京帰ったら、友だちに東京都写真美術館の展示のオープニングに誘われて、行ったらPGIの西丸さんに会ったんです。彼も一緒に東北で写真洗浄していた仲間なんですけど、「バイテンを売ることにした」っていうから、「いくらですか?」って聞いて、勢いで買いました。

―すごいタイミングでしたね。年代的にはいつのものですか?

ボディが1950年ぐらいで、レンズはシリアルナンバーによれば、1939年製です。

―それで今は水に浮かぶものを撮っているんですか?

そうですね。水に浮くものって何だろうって考えながら、ほかにもいろいろ撮ってます。


―大判を始めてこれまでの写真の認識が何か変化しましたか?

まずめちゃくちゃ使いづらい(笑)。最初はフレーミングもできないし、ゾーンシステムの露出計も使い方が分からないし。機動性も悪いですしね。撮ろうと思って、リュックを下ろして、三脚立てて、「これを自分は本当に撮りたいのか?」と熟考して。要するに、デジタルで簡単にできるようになった撮影プロセスを、イチからやり直したわけですよ。いまはどんどんカメラが小さくなって軽くなり解像度も上がって、誰でも簡単に撮れるじゃないですか。するとやっぱりそのことは写真に影響すると思うんですよね。「撮る」という行為自体から、コンセプトとかプレゼンテーションの方に比重が移っていくというか、写真家のやることが撮影からは解き放たれた分、考える方に寄ってる気はしますね。でも、バイテンだと面倒くさいし、よし撮るぞって考えるわけですよ。

―「撮る」ということに立ち返ったのも、やはり震災後の写真洗浄の活動が影響していますか?

そうですね。あのときの写真ってある意味で最強だったと思うんですよ。家も家財道具も全部流された人にとって、残された唯一のものになった写真。でもその強度は、本来はどんな写真にもあるはずなんです。ただし撮る枚数が膨大になっていくと、一枚一枚の比重が減って写真の持つ意味がどんどん軽くなっていく。それが震災みたいなことが起きると、残った1枚が持っていた写真の意味合いがドーンと爆裂するというか。そういう場面を目の当たりにすると、やっぱり写真を撮ることの意味を原点に戻って考えざるを得なくなりました。だから、バイテンのカメラを手に入れたのは縁というか偶然の流れですけど、じっくり撮影のプロセスを踏むということへの興味は、震災後からずっと持っていたことだったと思います。だからいまは作品撮り半分、写真の修業半分ですね。

―今後それらを発表する予定はありますか?

具体的にはまだ決まってないですけど、来年あたり作品集を作りたいです。私事ですけど、今年9月に子供が生まれる予定なんです。赤子も「水に浮く」から、最後に赤ん坊を撮って写真集を完成しようかなと思ってます。

高橋宗正


カメラの歴史を凝縮したLUMIX S1R

―最後は、高解像フルミラーレス一眼の最新機種です。

きっかけは、写真の定番モチーフの花をバイテンの修業の一環として撮っていたときに、テストとしてデジカメでパッと撮ったものをSNSにアップしてたら、『アサヒカメラ』からミラーレスカメラの実力を検証する企画の依頼が来たことなんです。そのときはこの一つ前の機種(LUMIX G9)だったんですけど、雑誌に掲載された写真を見たパナソニックの方から、「今度さらにハイスペックの上位機種が出るから撮ってみませんか?」とお話をいただいて、発売前のカメラを借りて花を撮る仕事につながりました。今年の3月末に正式に発売されたんですけど、その作例として、カメラのカタログや販売店のディスプレイにサンプルとして使われています。

LUMIX S1R

―ミラーレスカメラとしてはどういう特徴がありますか?

解像度が圧倒的なのと(有効画素数約4730万)、レンズはパナソニックのチームが開発した現行品で一番良い50mmといわれてます。センサーが優れててオートフォーカスは早いし、手ブレ補正はついてるし、手持ちサイズで解像度も大判と遜色ないくらいあるし、グラデーションも奇麗だし、動画も撮れるし。とにかくカメラの長い歴史の中で培ってきたものを全部詰め込んだ感じがありますね。

―アナログな大判カメラを使う一方で、デジカメの最新機種も使ってるのが面白いですね。

LUMIX S1Rは被写体も環境も関係なく何でも撮れるので、往々にしてバイテンより優れてるんじゃないか?って頭をよぎるわけです。実際このカメラのモノクロモードより質の落ちるプリントって世の中にいっぱいあるなと思いますし。だからその分、バイテンじゃないとできないことを考えたりもするので、両極のものを同時に触れているというのは面白い体験ですね。

―選択肢という意味では、いまは写真家にとって恵まれている状況なのかもしれませんね。

実際、すごい差別化が進んで、繊細なディテールまで撮りたい人にはLUMIXみたいなデジカメがあるし、日常的に簡単に撮りたい人にはスマホがあるし、写真の原点やロマンを求める人にはバイテンがある。どのカメラも手には入れられる状態で、フィルムや印画紙もまだ売ってますし、インターネットがあるから海外からも買えて、写真を撮る状況として今は最強なんじゃないですかね。まあ、お金さえあれば、ですけど(笑)。

高橋宗正|Munemasa Takahashi
1980年、東京都生まれ。2001年日本写真芸術専門学校卒業。2002年に「キャノン写真新世紀」優秀賞を写真ユニットSABAにて受賞、2008年には「LittlemoreBCCKS 第一回写真集公募展」リトルモア賞を受賞。2011年より震災で流された写真を修復して持ち主に届けるプロジェクト「思い出サルベージ」に関わり、「Lost & Found project」を立ち上げる。主な写真集に『石をつむ』(VERO)、『スカイフィッシュ』(赤々舎)、『津波、写真、それから』(赤々舎)がある。
http://www.munemas.com/