Interview
Kazuma Obara

小原一真インタヴュー
原発事故がなかったら、私たちはこの街で生まれていない
小原一真のジャーナリズムが伝えるチェルノブイリ

5 December 2019

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小原一真インタヴュー「原発事故がなかったら、私たちはこの街で生まれていない:小原一真のジャーナリズムが伝えるチェルノブイリ」 | 小原一真

今年もアムステルダム、パリ、東京の3都市を巡回した写真展「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」。今回チェルノブイリをテーマにしたシリーズ「Everlasting」を展示した小原一真は、東日本大震災をきっかけに写真の道へと突き進む。いわゆるドキュメンタリー写真での表現に限界を感じた小原は、イギリスでフォトジャーナリズムを学び、現在も世界を舞台に活躍する。目の前に起こっている出来事をただ写真にとらえるのではなく、「もうすぐやってくるであろう未来」を伝えるために小原が目指した表現とはー。

インタヴュー・構成=若山満大
写真=白井晴幸

―ウクライナには、いつから取材に行くようになったんですか?

2015年に初めて訪れました。それまでは福島で原子力発電所にまつわる問題を取材していました。

―福島での取材が、チェルノブイリへの関心につながっていったんですか?

そうですね。福島で撮れないものを、チェルノブイリに求めた節があります。何か事件や事故があったとして、その影響が目に見えるかたちで現れるのは何年、何十年も後の話ですよね。僕が福島で撮影していた短い期間では、当然ですが何を撮っても、それらの見た目はほとんど変化しません。しかし同時に、問題は見えないところで進行していることもある。原発事故から30年が経ったウクライナなら、福島ではまだ見えないことが顕在化しているかもしれない。そう考えて、現地に行くことにしました。

―小原さんが今回展示した「Everlasting」の舞台は、ウクライナのスラブティチ市です。原発事故から2年後にできたこの街は、主に作業員の集住を目的として建設されたそうですね。

はい。まさにスラブティチは、チェルノブイリの原発事故を象徴するような街です。しかし実際に惹かれたのは、街の属性というより、もっと具体的なディティールの部分でしたね。スラブティチとチェルノブイリをつなぐ鉄道では、いまもソ連時代の車両が使われています。車窓からは30年間手付かずの風景が見える。僕は旧ソ連の暮らしなんて全く知りませんが、それでも、いま自分が見ている光景はそのときと変わらないんだろうなって直感しました。

あるとき、作業員である若い男性が、車窓から外を眺めていました。やわらかく夕日が差し込んだその光景がとても綺麗で、印象的でした。彼はいま、おじいちゃんたちが見ていた風景と全く同じものを、同じ車両の窓から見てるんだと。その光景の中にある30年分の時間の重なりを感じたとき、もっとこの街のことを知りたいなと思ったんです。

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より


―ジャーナリズムを志したきっかけはなんだったんですか?

大学生のとき、アフリカに住んでいたことがありました。その頃から漠然と社会問題に興味を持っていましたね。福島の原発事故がなかったら、僕はアフリカでストリンガーをやっているはずでした。新聞社などからの依頼で現場の写真を撮りにいく、フリーランスのカメラマンのことです。でも、渡航しようとした矢先に東日本大震災が起きて。現地に入ってからは、作業員として原発で働く人々を取材していました。ただ、そこで限界に直面したんですよね。目の前のものを撮影して、写真として提示しても、表現できることには限りがある。僕が表現したかったのは「いま、ここで、こんなことが起こっている」ということではなく、「もうすぐやってくるであろう未来」でした。しかし、それを既存のジャーナリズムで表現するのは非常に難しかったんです。

―それでイギリスに留学を?

はい。向こうでは、ドキュメンタリーとフォトジャーナリズムを専攻しました。

―イギリスで学んだ「ジャーナリズム」というのは、どのようなものでしたか?

僕の先生はエドモンド・クラークというアーティストでした。彼は自分ではジャーナリストを名乗りません。にもかかわらず、彼が大学でジャーナリズムを教えているのは、非常にユニーク且つ優れた手法に定評があるからです。例えば『Negative Pablicity: Artefacts of Extraordinary Rendition』(2016年、Aperture、クロフトン・ブラックとの共著)は、ある事案に関する周縁的なものだけを撮影した写真集です。アメリカではテロ対策という名目で、国家権力による不当な人権侵害が等閑視されている現状があります。しかし、それを告発しようにも、現場を押さえることはほぼ不可能に近い。ここにおいて、普通のフォトジャーナリズムは不可能です。そこで彼らは、現場を構成する無数の断片を写真に収めていくことで、不可視な事実に「形」を与えようとしました。例えば、ある誘拐事件の実行犯(CIA)が保持していたレシートとか、それを幇助した運転手が宿泊したホテルの一室とか。そういう直接的にも間接的にも証拠にならないような、しかし「確かなこと」の積み重ねによって、国家権力による人権侵害を「告発」しました。

「撮れない。だからジャーナリズムは不可能なんだ」ではない、ということですね。アイデア次第で、例え不可視な事象であっても、誰かとともに「見る」ことはできる。これは、僕が留学先で学んだいちばん大切なことです。エドモンドは授業の中で、こうもいっていました。「あなたがたはこの一年間、フォトジャーナリスティックな手法とアーティスティックな表現のあいだで右往左往することになるでしょう。そうやって自分のポジションを探っていってください」。これをいちばん最初の授業でいわれたので、臆することなく自分のやりたいことを追求することができました。

―イギリス留学中にスラブティチに取材にいっていたんですね。

そうですね。なので、大学の授業にはほとんど出られませんでした(笑)。

―「Everlasting」では一組のカップルがモチーフになっていますね。かなりプライベートな域まで踏み込んでいる印象があります。スラブティチではどうやって交友関係を広げていったんですか?

取材を始めた当初は、原発事故を経験した中高年世代に話を聴きにいきました。若い世代と話すようになったのは、そのカップルのおかげかもしれません。パーシャとナレシュカは夫婦で、福島の作業員の写真をスラブティチで展示したときに、向こうから話しかけてきてくれました。夫のパーシャも原発の作業員として働いています。彼らがいった「もし原発事故がなかったら、私たちはこの街で生まれていない」という言葉はとても印象深くて、いまもずっと自分の中で反芻されています。

シリーズ「Everlasting」より

シリーズ「Everlasting」より


―たしかに、そうですよね。原発事故がなければスラブティチという街自体がないわけだし、彼らの両親や祖父母がこの土地にやって来ることもおそらくなかったわけですから。

彼を含めた「原発事故があったから出会った人々」が愛し合い、子どもを産み育てている。同時にその子どもたちは、廃炉作業を担う人員として現場に供給されていくわけです。為政者の側からすれば、人員の供給回路がうまく作動していると思うでしょう。一方で生活者は、みな充実した人生を謳歌するために最善を尽くしている。そしてその生の基盤になっているのは、間違いなく原発です。ここには単純な善悪の問題には還元できない複雑さがありました。

―チェルノブイリ原発事故が「史上最悪」であるにせよ、その廃炉を糧として成り立つ生活があり、より善い生を求める人々の営みがある。「もし原発事故がなかったら、私たちはこの街で生まれていない」と彼ら自身が語ったというのは少し意外な気もしましたが、考えてみれば自然なことなのかもしれません。現在を肯定するには、少なからず過去の事実とその影響をポジティブに認識せざるを得ないわけですから。例えそれが、史上最悪の原発事故であったとしても。

本当に複雑なんですよね。たしかに、原発事故は彼らにとって肯定せざるを得ない対象になっています。でも、それが諸手を挙げて全肯定できるものかといえば、それもまた違う。彼らだって原発で作業することには抵抗があります。しかし近年も貨幣価値が下落して、首都のキエフに行っても仕事が無いような状態が続くウクライナの経済状況では、例え原発作業員の仕事であっても甘んじるほかないわけです。グラフィックデザイナーになりたかったけれど、原発作業員として就業した若者にも出会いました。「本当はこうなりたかったけれど、そうはなれなかった」現実として原発作業員としての生活がある。しかし、原発がなければ生きていくことすらままならないんですよね。

作品のタイトルにもなっている Everlasting(永遠)は、「永遠の愛」という文脈で使うのが通例だそうです。彼らがより善い生や幸せを求めて育む「Everlasting Love」が、それこそ永遠に近い時間を要する廃炉作業を支えている。しかし実際は、30年も経たないうちに国外はおろか、国内ですら、原発とともに生きざるを得ない彼らのことを忘れている。

「彼らが直面している問題をもっとよく知るべきだ」とか、教条的に正義を主張したいわけではありません。ただ、そんな彼らの生が記録に残ってもいいのかなって。

―正義を主張するということは、わかりやすい悪が捏造されるということで、それによって現象の複雑さは見えなくなります。一概に否定はできないんだけれど、でも、二元論で片付けられるほど世の中単純じゃないだろうとも思う。

そうなんですよね。「悪いもの」が存在していて、それが無くなれば世の中が善くなるとか、そんな単純な話で片付けられないですよ。原発が善いとか、悪いとか、そんな簡単な話じゃない。現実には「否定しながら肯定する」という態度が存在する。そういう見落とされがちなものを記録して、複雑な現実を提示していくことは建設的な議論につながるはずです。インスタントな結論のためではなく、困難な問いと向き合い続けるために、自分は何を投げかけられるか。そういうスタンスで、僕は写真を撮っています。

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」東京での展示風景。

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」東京での展示風景。

小原一真|Kazuma Obara
1985年、岩手県生まれ。2015年、ロンドン芸術大学でフォトジャーナリズムの修士号を取得。2012年に東日本大震災と、福島第一原発作業員のポートレートとインタビューをまとめた『Reset』をLars Müller Publishers(スイス)から出版。 2014年、太平洋戦争下で犠牲を負った子どもたちの生涯を描いた『silent histories』をEditorial RMから刊行し、米『TIME』誌のベスト写真集に選出される。2015年からチェルノブイリ原子力発電所事故に焦点を当てた「Exposure」シリーズに取り組む。同プロジェクトは、世界報道写真賞「人々の部」で一位を受賞。2018年に『Exposure』をEditorial RMから出版。2019年は在日本オランダ大使館からサポートを得て「The Shape of War」に取り組む。国際的なフォトフェスティバルに参加する他、国内外でワークショップを開催する。