ファッションを中心に、ポートレイト、インテリア、ランドスケープなど、被写体の美しさを独自の視点で切り取る松原博子。彼女のあらゆるシーンの撮影をともにしてきたのは、中判カメラの名機PENTAX67だという。昨年リリースした初の作品集『mono』やアーティストとのコラボレーションなど、松原がとらえる女性の身体の魅力についても聞いた。
インタヴュー&文=小林英治
写真=貞末歩夢
一枚に込める気持ちを実感できるPENTAX67のシャッター
―愛機としてPENTAX67を挙げていただきました。
フィルムで撮るときは基本的にはPENTAX67です。
―いつから使っていますか?
独立したときぐらいからだから、2006年頃だと思います。当時はまだ仕事でも結構フィルムが多かったですね。
―三脚は使われてないですか?
はい、私は手持ちで撮るので。ハッセルも使うんですけど、ハッセルは手持ちできないからこっちの方が好きです。使い込んでボロボロですけど同じのを何台か持っています。
―PENTAX67で気に入っているところはどこですか?
重さと、撮っている感じがするシャッターの音が好きです。デジタルの場合はライカのM-Pを使うんですが、それもシャッターがアナログっぽくて重いのが理由です。いまのデジタルはどんどんシャッターが軽くなっていて、シャッターを切っている感覚がないんですよね。ライカも最近の機種はシャッターが軽いですけど、M-Pはアナログに近いので、フィルムに近い感覚で撮れるので使っています。
―松原さんはあまりシャッターをたくさん押さないイメージがありますが。
押さないですね。デジタルになってもあんまり押さなくて、PCに同期してつないでもいないからびっくりされます(笑)。撮ったあとにSDカードをPCに入れて、フィルムを見るみたいに後から見ています。撮ってから時間を待つ動作を一回入れると、なんとなくフィルムで撮る感覚っぽくなるかなと。一枚に込めるみたいな気持ちは、やっぱりデジタルになっても変えたくないと思っています。
―お仕事はファッションが中心ですか?
ずっとファッションが多いですね。きれいな人を撮るのが好きなんです。あと、結構、強い女の人が好きで、いまの時代なのかわからないですけど、「女の人が自立した感じで撮って欲しい」とか、女性にフォーカスする撮影の仕事が多いかもしれません。年齢を重ねた人の素敵さとかも撮りたいですし、「自立している」というのは、自分のテーマでもあります。
身体の一部をグラフィカルに撮る
―昨年作られた作品集『mono』(私家版)は、ソフィアさんというモデルの方とのコラボレーションですが、これもPENTAX67で撮影したものですか?
そうです。スタジオと、もうひとつは自宅のもっと小さい4畳ぐらいのところでペーパー敷いて撮影しました。
―ヌードというか、被写体としての裸体への興味もあったのでしょうか?
きっかけはいくつかあるんですけど、2018年頃に#MeToo運動で男性のカメラマンが告発されたり業界の改善を求められたりしているとき、スタイリストの先輩に、「女のフォトグラファーがヌードを撮ってみたら」といわれたんです。私も、ヌード写真にはセクシュアリティだけじゃなくて、アートの視点も絶対あるはずだと思っていたので、挑戦してみたいなと。
―ソフィアさんとは以前からの知り合いですか?
雑誌の仕事で何度か撮る機会があって、話していたら二人とも「彫刻が好き」というこということがわかって、「ヌードを撮らせてくれない?」って聞いたら「いいよ」って。
―かなり時間をかけられたと聞いていますが。
そうですね。でもソフィアはフランスに住んでいるので、仕事で日本に来たときに何度か撮影してという感じなので、2年ぐらいですかね。
―最初からこういうものを作ろうというイメージは明確にありましたか?
具体的にはなかったです。ただ、身体の一部グラフィカルに撮りたいというのだけはありました。それで基本モノクロが良いかなと。
―彫刻のようでありながら、やはり生身の身体を感じます。おそらくソフィアさんという個人を撮っていると意識もありますよね。
そうですね。カラーページの最初の舌を出している写真が、一番普段のソフィアっぽいです。そこでカラーになることで、対照的にモノクロページのソフィアが物体になる気がしています。
―タイトルになった「mono」は、古いギリシャ語ということですが、さっきおっしゃった自立にもつながりますか?
そう思います。これはソフィアが見つけてきた単語なんですけど、「ひとつ」とか「個体」とか、そこから派生して「ユニーク」とか「自由」という意味合いもあって、日本語ではひとことではいい表せないみたいです。
身体を媒介にした音楽家と画家とのコラボレーション
―最近では、音楽家・OLAibiさんとのコラボレーションも話題になりました。
あれもヌードでしたね(笑)。そうです、『mono』を撮ってるとき、人間を撮る時は裸がよいという思考になっていました。OLAibiの存在や彼女の個性が気になっていて、「裸撮らして」っていったら、「良いよ」って。「私、泥に入りたい」っていうので、奄美の伝統技法泥染めの金井工芸の泥田に入りにいくことになり、奄美にはミロコマチコさんが住んでいるので、彼女が泥を纏った上に、ミロコさんが文様をボディペインティングした身体を撮影しています。
―改めて、松原さんの肉体への興味というのは、どういうところにありますか?
昔から彫刻が好きだったので、そういう肉体的な動きっていうのに惹かれるのかもしれません。仕事でいつも服を撮ってるから、身体の骨とかに興味があるのかな。あと、ダンスも好きです。ダンサーを撮ることはないですけど、ファッションストーリー作るときによくモデルを躍らせることはありますね。人間が動いて、グラフィカルになる身体を見るのが好きなのかもしれないです。
―単純に、美しさということとは少し違いますか?
身体の形が美しいことにワクワクしてるんですよね。同じポーズでもちょっと腕や方の角度が違うだけで、「私はこっちの方がエレガントに見える」とか、「あ、いまここの骨が出っ張った。きれい!」って撮っています。でも、ファッション撮るときとヌードのときと、自分の中での視点としては特に変わってないと思います。
―ムービーは撮られないですか?
ムービーは、モデルを動かしつつムービーのカメラも持たないといけないので大変なんです。たぶん、私はモデルを動かして(撮影は人に任せて)監督だけするほうが向いてると思いますが、Instagram用の撮影ならひとりでできる範囲です。でもムービーはムービーで面白いですよね。いま、ファッションだと短くても必ずムービーが入るので、ひとつそこで新しい表現が生まれている気がします。
見せ方によって拡がる写真の表現
―話が戻りますが、作品集を作られたのは『mono』が初めてですか?
そうなんです。撮影自体はコロナ前に撮っていて、コロナになってから作品集としてまとめようとして、さらに一年以上くらいかかりました。本にするのって、本当に大変ですね(笑)。判断しなければ行けないことがたくさんあって。
―製本も和綴じで、豪華でありながら、良い意味での手作り感があります。
ありがとうございます。紙は一部に和紙を使っていて、肌触りを感じてもらえればと思います。和紙に写真を印刷するのは難しいみたいで、山田写真製版所のプリンティングディレクター熊倉さんと相談しながら進めました。
―銀箔を貼ってあるページもあります。
手作業だから、1日10冊分ぐらいしかできないので、まだ全部には貼り終わってません(笑)。箔の部分は、時間が経つとだんだん風化して、身体と一緒でシワ色が変わってきたり、ヴィンテージになっていくんですよ。まったく考えてなかったけど、それが逆に良かったなと思っています。あと、リソグラフで刷ったページもあります。初めてだからこそできたのかもしれませんが、ちょっと凝りすぎましたね(笑)。
―近々、『mono』の個展も開催さかれるとか。
はい、写真展というより本の展示にしようと思っていて、製本したのとは別に、これを羊の皮の紙に印刷してみようと思ったのですが、それは成功しなくて、あらためて和紙に印刷しています。ほかにも紙の良さがいろいろわかる展示にしたいなと。印刷した紙を燃やしてみたり、ソフィアの友だちが寄せてくれた詩を抜粋してムービーを作ったり、額装して展示するだけではなく、写真の表現っていろいろできて面白いなと準備しながら楽しんでいます。
タイトル | HIROKO MATSUBARA photo/book exhibition with SOFIA FANEGO「mono – mono ⅱ」 |
---|---|
会期 | 2022年4月22日(金)~4月24日(日) |
会場 | GARAGE(東京都) |
時間 | 11:00〜18:00 |
タイトル | |
---|---|
出版年 | 2021年 |
価格 | 8,800円 |
仕様 | B4変形/64ページ |
URL |
松原博子|Hiriko Matubara
京都生まれ。戎康友氏に師事し、2009 年に独立。ファッション、ポートレイト、建築、ランドスケープなど、独自の感性で切り取り、雑誌、広告など幅広い分野で活動中。2021年に初写真集『mono』(私家版)を出版。個展「mono – mono ⅱ」よりGARAGE(東京)にて2022年4月22日〜24日まで開催予定。