16 September 2022

森山作品の根幹をなす『記録』
84歳の現在進行形とは

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東京都

16 September 2022

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森山作品の根幹をなす『記録』84歳の現在進行形とは | 森山作品の根幹をなす『記録』84歳の現在進行形とは

森山大道自身の手で編集された私家版写真誌『記録』が創刊されたのは、1972年のこと。それは、「⽇常で撮ったものをすぐにプリントして、近くの⼈たちに⼿渡しで⾒せる最⼩限のメディアを」という原初的な衝動から始まった。当時は5号で休刊を迎えるが、それから30年以上のときを経て、2006年にAkio Nagasawa Publishingが復刊する運びとなる。以降は休むことなく号を重ね、2022年9月には最新号である52号が刊行された。

刊行記念の「記録」展をAkio Nagasawa Gallery Ginzaで開催中の森山と、復刊後共に作り続けてきたギャラリー代表の長澤章生の二人に、復刊当時の思いと成り立ち、またそもそも『記録』とは何か、そしていまも進化し続ける森山の現在地について話を聞いた。

撮影=高木康行
文=IMA

ずっと胸の底にあった『記録』の記憶

―『記録』はいまでいうところのZineですよね。どんなふうに始まったんですか?

森山大道(以下、森山):たしか1972年だったかな。僕自身の記録としてね、数日間に撮った写真をぱっとプリントして、ほんとに薄いペーパー紙で16ページぐらいでまとめるというところから始まって。

長澤章生(以下、長澤):1972年から1973年にかけて5号出したんですよね。

森山:そうそう。ほとんどパンフレットみたいな体裁のもので。でも、ちょうどその時期、オイルショックで紙代や印刷代をはじめ、いろんなものの値段が高騰しちゃって、ちょっと手に負えない感じでね。5号でストップしちゃった。

それからときが経って、あのままでは悔しいなという気持ちはあったんだけど、結局その思いも時間と共に風化してしまっていた頃に、長澤さんといろんなところでお会いするようになって。新宿の喫茶店で会っているとき、「そういえば森山さん『記録』を出してましたよね」ってふと聞かれたの。それまで胸の底の方にあった『記録』への記憶をぱっと呼び覚ましてくれたのが、長澤さんだったわけよ。その場で、もしも長澤さんにそういうお気持ちがあるんなら、やりたいよ、できますかという感じで始まったの。それが2006年。

長澤:それまで私は『記録』という存在を森山さんのエッセイで知ってたんですが、実物は見たことがなかったんですね。撮って、印刷して、流通させて、撮って、流して……そういう行為こそが、一番森山大道らしい活動の姿だと思ったんです。これは森山さんがやらなきゃいけないことで、やるべきだと思ったんですけど、当時やりきって辞めたんだったらしょうがない。でもまだやり残しているんだったら、一緒にさせてもらえませんかっていう話をしました。

森山:昔の『記録』を見てもいなかったのに、急に『記録』のことをいわれて、僕も一瞬、おっと、となってね。にわかにぱっと一瞬でリアリティを帯びてきて、すぐ長澤さんに「そのお気持ちならぜひやりたい」といって、もうその場で決まったんですよね。全てはそこから始まったんだ。

長澤:休刊から、33年後のことですね。


現在進行形で、継続して出し続けるということ

―以来、毎年ずっと作り続けているんですね。

森山:それからずっとですからね。長澤さんが、写真を撮って持ってきてもらえたら自分は本にしますからといっていただいてから、もうずーっとそのまま続けてます。もうちょっと間を空けてほしいといわれることもなく、むしろ僕の方がちょっと待たせてしまったこともあるけどね。だから、まぁ最初から年に3回ぐらいは作ろうといってたのが、結局いまもそのまま1年に3回のペース、ないし場合によっては4回のペースになってるんですよね。

―長澤さんはそれまで写真集を作ったことがなかったんですよね。

長澤:作ったことなかったんです。最初の写真集が『記録』でした。ほかの人が本を作っているのを横で見ていて、私もできるかなって。でもよくわからなかったから、なんとなく最初48ページにしちゃったわけ。いただいた原稿を48ページに合わせるためにいくつか落としていたんだけれど、途中から、なんで48ページにこだわってるんだろうと急に思い始めて、ページを増やせばいいじゃんってことになって。21号ぐらいからは、森山さんにいただいた写真を全部載せるってことにして、それからは120ページとか多いときは180ページとかになっていきました。そのときの撮れ高次第で、もし印刷の折りの都合でちょうどよくなかったら写真を落とすのではなくて、足してもらうようにして。

森山:長澤さんは少しでも増やす方向でやってくれますからね。写真を撮っている人間としてはとても嬉しいよね。1ページでもいいから増やしてあげる、っていうふうにいってくれるわけだから。頼もしいというかさ。

―写真をわたすとき、森山さんはどんなタイミングで区切っておわたしするんですか?

森山:基本的に年に3回は出そう、場合によっては4回でもいいというわけで、僕自身がその時期その気になってばんばん撮ってれば、少しずつページも増えていくし、ちょっと控え目なときは間が半年くらい空いちゃうこともある、という感じです。

―森山さんの生きる記録というか、日々日々の撮影のペースも含めて流れがわかるわけで、写真家人生そのものに伴走しているっていう感じですね。

森山:パリやロンドンに行ったりしても、とにかく撮った写真でパリ号、ロンドン号を作ってもらえる。新宿も撮ってもいれば、日本号を作ってもらってね。もうそこは自在に。

長澤さんはこうでなきゃいけないとか、こうしてほしいとか、一切そういうことをいわないの。だから写真家としてはマイペースでできる。

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長澤:スナップの写真家は特にですけど、結局押したカット数に比べて、世の中に出るものなんて百万分の一でしょ。だから僕は、森山さんにできましたっていわれたら、そのまま全部出そうと思ってて。一号一号ささやかだけど、継続して出し続けていくと、あるときその量が質に転化すると信じていて。だから、いまこれがいい悪いとかそんな細かいこといってないで、とにかくいただいたもので組んで、とにかく出し続けるということが一番の目的なんですよね。

森山:僕もよくいうんだけど、『記録』は僕にとってライフワークであると同時にライフラインなんです。むしろライフラインの要素が強い。電気、水道、ガス、カメラ。この4つで僕は生きてるわけよ。『記録』もそれによって成立してるわけ。これね、ほんとにそうなの。

―2006年に『記録』を再開してから2022年まで、国内外で大きな展覧会も開催されたり、写真集を出されたりと、森山さんにもいろいろなことがありましたよね。

長澤:やっぱり森山さんがすごいなと思ったのは、2012年にテートモダンで開催された「William Klein + Daido Moriyama」展のときです。開催前に壁に飾られている写真を見ている森山さんが、つまらなそうにしていたから、ご不満ですかって聞いたら、「いや、僕けっこう撮ったつもりだったけど、こんだけしか撮ってないんだなー」って。それで、ちょっといまから撮りに行こうよ、となったんです。

世界レベルの大きな展覧会になるとこれまでの軌跡を辿るような、こんなことをやってきました!という回顧的な展示になってしまうけど、森山さんはあくまで現在進行形でこんなことをやっていますっていうのを常に見せていきたい人なんだなぁと。だからいまの僕の役割は、森山さんが撮ったものを一枚でも多く世の中に出すっていうことだと思ってるんです。

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飽きている場合じゃない。チカッとくる写真を撮り続ける。

―コロナ禍では森山さんはどのように過ごされていたのでしょうか?

森山:基本的には表に出ていたね。コロナの勢いが激しくなった二日間くらいは部屋にいたけど、その間だって部屋の中を撮ってた。だから、コロナでの自粛は、僕にはなかったんだよね。ほぼ池袋か、毎日歩いてバスや電車に乗って、どこかに行ってた。

長澤:でもいわれてみればそれは当たり前で、結局、コロナの状況は“いま”しか撮れないから。それがスナップの基本ですよね。だからマスクだったらマスクを撮ればいい。人がいなければいないところを撮ればいいというだけで。

森山:スタンスは全然変わらない。ただ、街が、おお変わったね、ちょっと変わったねと。これはこれで撮りゃいいんだからと、思ってるだけ。

―先ほど仰っていた「ライフライン」のように、森山さんの写真は、森山さんご自身の記録でもあり、社会の記録でもあるっていうことですね。

森山:だから僕がよく思うのは、ストリートスナップは記憶、記念、記録の3つだなあと思っているんですよね。一歩外に出たら、何に出会うかわからない。そこからすべて、毎日、始まってるわけだから。それの繰り返し。

僕自身も元気なくてつまんなかったなあと思うときもある。でもスナップの場合は、そういうときにひょいっと撮れたりするんだよね。だからおもしろいの。おっと、と思ったら、チカっとくるよね。

あとは、常にいろんな人とすれ違うでしょ。それはやっぱり撮るこちら側にとってもね、ものすごくリアルなのよ。

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―リアルというのは、スリリングということですか?

森山:うん、すべてがスリリングではないけれども。人との一瞬の出会い、交錯する状態というのはやっぱりスナップショットでないと体感できない。よく「森山さんっていろんな所に行っても、同じものばっかり撮ってるよね」といわれるけど、同じ所に行っても、僕自身は毎日違うから。すれ違う人も全然違うから。

―森山さんが惹かれるものというのは、いくつかモチーフがあったり、共通項みたいなものがあるのでしょうか?

森山:僕の場合、やっぱり街頭が多い。特に都市の街頭が多いから、人間がいっぱいいるよね。人間がいなくても路地裏に出ればさ、いろんな匂いがするよね。それと同時に看板があったり、ポスターがあったり、あらゆる映像に囲まれるわけよ。そういうものに刺激されるじゃない。ヌードスタジオのポスターみれば刺激されてすぐ撮っちゃうし、看板見りゃ撮っちゃうし、みたいなことの連続だよね。それと人間を撮り、街を撮り……何を撮るかって、もうキリがない。

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―人間の欲望が、人からだけではなく物や街からも感じられるみたいなことが、やっぱり刺激であり、興味の対象であるということですかね?

森山:こっちがよっぽど体調が悪いか、精神的コンディションが悪くない限り、とにかく常になにかしらに刺激されてるから、面白い。リアルっていうか、アクチュアルだよね。よく飽きないねっていわれるけど、飽きてる場合じゃないのよ。飽きたら、撮れないもん。撮る気しないしさ。そうじゃないから、もう80歳なんぼになっても街へ出たい、出たいと思って撮ってるわけだよね。

歩く、見る、撮る。その中にいろんなものとすれ違って、いろんなものを見る。ということで、僕の写真が自分の中で生きてくるわけ。

長澤:稀有な存在ですよ。森山さんは、60年代から常に変身しつづけて、いままでの自分を乗り越えようと、ずっと大ヒット作を作ろうとし続けてるじゃない。そういう姿勢はこっちが、作る方が刺激になる。

―今回の展示はプロジェクションを使われてますけど、アウトプットの方法も、プリントもあれば、キャンバスもあれば、多種多様なのも森山作品の展示の魅力ですよね。本当にいろんな対象をいろんな形で見せていただけるという。

森山:いま、ほとんど長澤さんがシルクスクリーンを刷ってくれて、外国の美術館でもどんどん展示を作ってくれている。だからおもしろいのよ。それがアクチュアルなんだね、自分にとっても。そういうものを見る自分。それからその前にある自分の写真とかね。それが全部混然としてね、おもしろいものなんだよ。

もちろん今回の展示だってさ、僕がギャラリーの真ん中にいてさ、本当に混然としておもしろいんだ。自分の写真とかどうでもいい。うわーって。ほんとにうわー、なんだ。みんなね、記録されたものばっかりだから。

タイトル

「記録」

会期

2022年5月27日(金)〜10月15日(土)

会場

Akio Nagasawa Gallery Ginza(東京都)

時間

11:00〜19:00(土曜は13:00〜14:00休み)

休廊日

日月曜・祝日

URL

https://www.akionagasawa.com/jp/exhibition/record/

タイトル

「TOKYO REVISITED. Daido Moriyama with Shomei Tomatsu」

会期

2022年4月14日(木)〜10月16日(日)

会場

MAXXI National Museum of 21st Century Art, galleria 3(Via Guido Reni, 4 A, Rome)

URL

https://www.maxxi.art/en/events/tokyo-revisited-daido-moriyama-con-shomei-tomatsu/

森山大道|Daido Moriyama
1938年、大阪府生まれ。1968年の『にっぽん劇場写真帖』で高い評価を得た後、プロヴォークに参加。1972年の『写真よさようなら』は、世界の写真史に足跡を残す名作として知られる。近年では、ハッセルブラッド財団国際写真賞、ドイツ写真家協会賞など数々の賞を受賞。現代写真を代表するレジェンド的な存在として、世界各国で個展を開催。主な写真集に『光と影』(冬樹社)、『記録』、主な展覧会に「William Klein+Daido Moriyama」(Tate Modern、2012)などがある。

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