美術大学卒業後、フランスで一躍注目を集めているエルザ&ジョアナ。かわいい女性像を演じるだけではなく、中年男性にもなりきるなど、ありとあらゆる人物を作品内で演じ、オートフィクションとして作品制作に取り組む。毎年新作を精力的に発表し、フランスだけでなくヨーロッパ、北米でも制作を行うなど、活動の幅を広げる若手アーティストだ。今回はヨーロッパ写真美術館での個展で発表された、北ドイツで撮影した新作「The Timeless Story of Moormerland」について、ユニークな制作過程を探るべくエルザ・パラにインタヴューを行った。
文=糟谷恭子
―デュオで活動することになった経緯を教えてください。
学生時代、私はパリ装飾美術学校、ジョアナはパリ高等美術学校で学んでいました。二人は在学中、交換留学先だったニューヨークにあるスクール・オブ・ビジュアル・アーツで出会いました。そこで意気投合し、フランスに戻った後、夏のバカンス中に、私の実家のあるバスク地方にて一緒に制作をし始めたんです。最初に二人で作ったシリーズ「A Couple of Them」のきっかけになる作品をお互いの学校の先生に見せたら、面白いから続けるようにといわれて、とても励みになりました。ニューヨークでの出会いと、そこに戻りたい気持ちがこの作品を続ける大きな動機となったんです。その後制作するためにニューヨークに戻り、「A Couple of Them」を続けることを決意して、お互いの卒業試験は一緒にパリ高等美術学校で卒業展示をし、それぞれの美大で修士の学位を取得しました。
―元々作風が似ていたのでしょうか?
ティーンネイジャーのときの傾向はすごく似ていたと思います。ジョアナは13歳の夏休みの間、退屈していたときに、友人と一緒にセットアップの写真を撮り始めました。私は16歳から、友人と一緒に写真を撮り始めました。写真の道に入ったきっかけはお互い似ていて、二人とも当時フランスで流行っていたスカイブログに匿名で写真を載せたりして、常に人に見せることを意識していました。ニューヨークで出会ったとき、ジョアナはスティルライフの作品を作っていましたが、私はセルフポートレイトのシリーズを制作していて、変装したり、自分のイメージする人物になったりしていましたが、他者を被写体にも制作していました。
―現在はセルフポートレイトのオートフィクションでストーリーを作られていますが、どのようにこの制作スタイルに至ったのでしょうか?
バスク地方で初めて一緒に制作をしたときから、自然にこのスタイルを取り入れていたんです。一人でセルフポートレイトを撮るよりもナレーションも取り入れやすく、ストーリーも作りやすかったので、この方法は私たちにぴったりでした。
The Clock Sound, 2021-2022 © Elsa & Johanna, Galerie La Forest Divonne
―パフォーマンス的要素が見受けられますが、シンディー・シャーマンなど、影響を受けた作家はいますか?
もちろんシンディー・シャーマンは学生のときに知って、セルフポートレイトを作っていた私としては、避けられない作家ではありました。ただジョアナは興味を持っていなくて、シャーマンが初期に作った写真のシリーズは二人とも好きだけど、私たちは彼女に影響を受けて始めたわけではありません。ただ、こういう作品を作っていると必ずしも影響を受けていないともいえないので難しいところですね。プロジェクトごとに参考例は変わっていて、「The Timeless Story of Moormerland」での制作での最初のインスピレーションは、一般の家族写真のみを集めている映画監督が行っていた「アノニマスプロジェクト」でした。でもそこにこだわりを持つことなく、また影響を受けすぎることがないように、私たちは制作を自分たちのビジョンを取り入れることにしています。
―今回、ヨーロッパ写真美術館で発表した新作「The Timeless Story of Moormerland」の制作背景や物語について教えてください。
この作品はコロナ禍の影響を受けています。2回目のロックダウン後の2021年に制作を始めましたが、パンデミックのせいで、ブラジルでのレジデンスなど色々なプロジェクトがキャンセルになり、約一年間何もできずにいました。状況は良くならないので、フランス近郊で何かできればと考え始めました。パリから車で行けるところや、インターネットで作品のセットになるようなレンタルハウスやアパートなどを探しました。特にドイツは貸し出している家の内装を見て何かピンとくるものがありましたが、モーマーランド地方を見つけた瞬間にとりわけ強く惹きつけられました。この名前から何か映画のようなイメージが浮かびましたし、モーマーランドは沼の地方という意味で面白そうだと思ったんです。実際にモーマーランドに行くと、現実味がなく映画セットの中にいるようでした。とてもきれいな場所なのだけど同時に禁欲的で、ティム・バートンの映画やトゥルーマン・ショーのような世界観があり、時間が止まっているようでした。モーマーランドが起点に、ドイツ西北部から東北部ポーランド国境付近までを移動しながら一カ月制作をしました。この土地の名前、モーマーランドはどこか別の世界を彷彿させるものだったので、最終的にタイトルに用いたんです。
―制作プロセスの中で、どのように人物を作り上げていくのでしょうか?
パズルのように色々な要素が含まれていて、演出家が俳優や装飾、舞台セットを選ぶのと同じように制作しています。自分たちそれぞれの記憶や、一緒に制作することで体験した経験や思い出から、または集団が共有する記憶の一部、例えばテレビドラマシリーズのキャラクター、映画などで見た人物の特性などを掴み取って、特に法則やシステムはなく、日々の人物観察など、いろんな要素を組み合わせて登場人物を作っています。何かをそのままコピーすることは面白くないので、いままで見てきたものを超える、自分たちの想像の中にあるものを組み合わせながら、表現したいものを作り上げています。
―今作はこれまでとは異なったアプローチはありましたか?
このシリーズは家族アルバムがテーマだったので、私たちの生活の中にある平凡な部分を探ることにしました。普通の若い人たちってことですね。私たちがティーンエイージャーから青春期にかけて出会った人たちを元に人物を作り始めました。ただ制作していくうちに、そこにとどまることなく、もっと別の方向性に展開できないかとも考え始めました。どこか別の次元にいるようなシュールな人物像や、どこかステレオタイプ的な人物のような。いままでの作品の登場人物は全体を通して似通っていたと思いますが、今回はそれをどこか超える部分がありました。またここに出てくる人たちは、私たちが生きている現代社会の、私たちの姿を象徴していると思います。
―今回のシリーズは、楽しんで制作されているように感じられますが、実際はどうでしたか?
確かに楽しんでいる部分も多かったですが、このパーフォーマティブな作品はお腹がいっぱいになることもよくあります。実際生きていると、毎日笑っていたり、楽しい状況ばかりではないですよね。ある人物が、朝起きていい気分ではなかったという設定だと、なぜいい気分ではなかったのかをまず考えることから始まります。また悲しい状況だったら、どうして悲しいのかと想像しながら演じるので、辛いことを考えると自分自身も辛い気分になります。あるときは軽快に作れるけど、あるときは深刻でドラマティックな雰囲気になります。いままでは陽気な人物を演じることはほとんどありませんでしたが、今回の作品でどこか突き抜けた部分があったと思います。
―ロケーションハンティングはどのように行ったのでしょうか?
コロナ禍だったのでネットでリサーチしました。Airbnbやアブリテルなどのレンタルサイトから見つけたんですが、撮影場所は改装されていないことがマストでした。ある都市では、Airbnbのせいで、どの家も現代的で統一された内装に変えられていました。それでは面白くないですよね。ドイツ北部では全く手付かずの内装のままで家が貸し出されていて、まるで何十年もそのままの状態であるような雰囲気だったので驚きました。
―コスチュームはどうやって選んだのですか?
基本的に古着屋などで入手します。一番大事なことは、制作をする場所や地域と関連していることです。そうでなければ、その土地に住んでいる人の記憶と接点を持つことはできないと思います。また現実の部分を取り入れるために最も適した要素で、そこが私たちの好きな部分であります。ただ制作時期はコロナ禍だったので、実際に現地で衣装を見つけられないのではないかと危惧しました。洋服のせいで制作ができなかったという最悪の事態を避けるために、ミニバンにフランスの古着屋で購入した色々なタイプの衣装をできるだけ詰め込み移動しました。現地では幸運なことにチャリティーショップが開いていて、ほかでは見つけられないようなものを見つけることができました。アメリカ、カナダ、スペイン、フランスで制作してきて、文化的にあまり違いが見られないように思われますが、古着は国によって色や素材などが異なります。その違いを見つけるのはなかなか面白い部分ですね。
―今後の予定を教えてください。
パリフォト期間に開催中のPhoto Saint Germainにて、The Eyes出版社の原案を基に白黒銀塩写真で制作した新作の「Les douze heures du jour et de la nuit(The Twelve Hours of Day and Night)」をオーギュスト・コント美術館にて発表します。1893年にフランス国民教育省から発行された女子教育のガイド本を元に、自分たちの視点を取り入れ、一日を構成する24時間を24の女性のポートレイトで作り上げました。それに伴い、The Eyesより、写真集を発売します。パリフォトや展覧会会場でなど数カ所でサイン会を行います。日本からこの時期にパリに来られる方はぜひ新作を見に来てください。
タイトル | 「The Timeless Story of Moorland」 |
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会期 | 2022年9月7日(水)~11月6日(日) |
会場 | ヨーロッパ写真美術館(フランス) |
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エルザ&ジョアナ|Elsa & Joanna
エルザ・パラ(1990年生まれ)とジョアナ・ベナイナス(1991年生まれ)によるデュオ。現在パリを拠点に活動する。2014年からエルザ&ジョアナとして活動。写真、ビデオ、パフォーマンスの間で活動する彼らは、自分たちが主役となる物語を構想し、実現する。これまでに、サロン・ド・モンルージュ(2016年)、バルドマルヌ現代美術館、パリフォト、イエール国際モード&写真フェスティバル(2019年)などで展示されている。2020年には、アルル国際写真フェスティバルでルイ・ロデレール・ディスカバリー・アワードのファイナリストとなる。作品は、フランス国立造形芸術センター、パリ市近代美術基金、ソシエテ・ジェネラルのコレクションに収蔵されている。2021年にはドイツ・カールスルーエの近代美術館で初の回顧展を開催。2022年11月6日までパリのヨーロッパ写真美術館で個展「The Timeless Story of Moormerland」を開催中。