3 May 2026

マルタン・マルジェラへ 創作を巡る10の質問

【IMA Vol.45 実践する写真、探求としてのイメージ】

3 May 2026

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マルタン・マルジェラへ 創作を巡る10の質問【IMA Vol.45 実践する写真、探求としてのイメージ】 | マルタン・マルジェラへインタヴュー 創作を巡る10の質問

< Asian Black Head > Photo Credit: Martin Margiela

2008年にファッション界を離れ、ビジュアルアーティストへ転向したマルタン・マルジェラ。日本で初となる個展が話題の同氏に、メールインタヴューを敢行。創作の原体験や、展示中の作品について話を聞いた。

全文「マルタン・マルジェラへ 創作を巡る19の質問」は『IMA Vol.45』に掲載。

取材・文=IMA編集部

Q1:あなたと「アート」との関係は、いつ、どのように始まりましたか? ファッションを離れた後、アートに向かったのは「回帰」だったのでしょうか、それとも「飛躍」だったのでしょうか?

マルタン・マルジェラ(以下、MM):子どもの頃は、ひたすら肖像や服を着た人物を描いていました。週末には子ども向けの美術教室に通い、そこで初めて粘土による彫刻に触れました。当時、テレビでアーティストを見て、その未知なる世界に強く惹かれたのを覚えています。15 歳で美術学校に入り、そこから本格的にアートと向き合うようになりました。デッサン、遠近法、構図などを3年間学びましたが、美術史に出会ったことも大きかったです。さらに4年間アントワープ王立芸術学院で学び、最終的にはファッションを選びました。

20 年間ファッションの仕事を続けた後、燃え尽きてしまい、2008年には完全にモードの世界を離れました。すると、美術学校時代の幸福な記憶がよみがえり、再びものを作り始めたのです。それからアーティストとして自分の準備が整ったと感じるまでに、10年かかりました。その期間に制作した作品は、いまも発表し続けています。たとえば《SHORE SHOES》(2011年)は、浜に打ち上げられたスリッパを新しい靴の形へと変容させたもの。《STEPS》(2018-25年)は階段のイメージをカーペットのコラージュで構成した作品。《HAIRPORTRAITS》(2015-19年)はヴィンテージ雑誌の表紙のポートレイトを用いたコラージュ。《FILM DUST》(2017–2021年)は、ビーズを施したキャンバスに映画の粒子を油彩で描いたものです。

< SHORE SHOES > Photo Credit: "We Document Art"

< STEPS > Photo Credit: Martin Margiela

Q2:あなたにとって創作に対する最初の衝動は、視覚的なものでしたか? それとも思索的なものでしたか?

MM:最初は純粋に視覚的な衝動でしたが、次第に自然と考えるようになっていきました。それがやがてコンセプトへと展開していきます。私の作品では、その両方を行き来しています。気分によることもありますが、多くの場合、物語的なものが次第にコンセプトへと移行していきます。

Q3:素材はどのような意味を持ちますか?

MM:制作においては、常にアイデアが先にあります。その実現に最も適した素材を後から選びます。変容や転換をする時には、むしろ素材そのものが、どのように介入すべきかを教えてくれることもあります。たとえば《BUS STOP》(2020年)、《PODIUM》(2023年)、《BARRIER》(2024年)
では、都市の構造物を人工の毛で覆うことで、官能的な存在へと変換しました。

Q4:日常的な素材を作品へと転換する際、どのような基準がありますか?

MM:衝動です。抗えないほど強く惹かれる時、それは正しいのだと感じます。

Q5:素材の中で、特に「髪」についてのオブセッションがありますか? 記憶と物質の関係について、どのように考えていますか?

MM:私には多くのオブセッションがあり、そのいくつかは幼少期に由来しています。髪もそのひとつです。父は理髪師で、私はその店で何時間も過ごし、剃毛やカットの儀式的行為を夢中で見ていました。母は一時期、香水店でウィッグを扱っていました。《VANITAS》(2015-19年)は、自然の髪を植え込んだシリコンの球体で、髪色の変化を通して時間の経過を示す作品です。また《RED HEADs》(2019–22 年)や《BLACK HEAD》(2026年)も同様の手法で制作されています。《HAIRPORTRAITS》も、この関心と確実に結びついています。


< Barrier Sculpture (Black) > Photo Credit: "We Document Art"

< Tops & Bottoms (Venus/Girdle) > Photo Credit: "We Document Art"

Q6:匿名性という概念は、現在のアート制作にも通底していますか? また、あなたの作品にはしばしば「不在」が読み取れますが、それは何に由来するものでしょうか?

MM:制作においては、「匿名性」よりも「不在」に惹かれます。不在とは、そこにいるはずの誰かがいないことです。悲しみではなく、ただ興味を引く状態̶まだ来ていないか、あるいはすでに去った存在。一方で、私生活では匿名性が必要です。それは私を守るものであり、創作をするためには不可欠です。保護がなければ、人は有名になって「公共の対象」へと変わってしまう。匿名でいることで、他の無名の人々と同じように自由に生きることができます。自分のポートレイトが公にされることには、いまだに違和感があります。

Q7:「展示空間そのもの」を、どの程度作品ととらえていますか? 展示を“体験”として設計する際に最も重視している要素は何ですか?

MM:作品を完成させると、すぐにその見せ方を考えます。展示の演出は、作品と同じくらい重要だと思っていますから。それは観客と結果を共有する瞬間であり、とても個人的な体験でもあります。制作時の高揚に近いものを感じることもある。展示空間において、予期しない状況で観客を驚かせることに魅力を感じます。東京の九段ハウスや京都のタカ・イシイギャラリーでの展示は、その良い例でした。生活の痕跡が残る歴史的な空間と現代の作品との対比に惹かれます。また、カタログや本という形式も重要な発表の場だと考えています。

< MOULD(S) > Photo Credit: Martin Margiela

< DUST COVER > Photo Credit: Martin Margiela

Q8:制作において「偶然」と「意図」はどのように関係していますか?

MM:偶然とは、制作の過程で、突如すべてが結びつく瞬間です。意図には成功の保証がなく、予期しないエラーが起こることもある。そうした時は、立ち止まり、受け入れるようにしています。多くの場合、そこから新しい方向が見えてきます。そしてその結果は、当初の意図よりも良い
ことが多い。ある種の恩寵のような瞬間です。

Q9:あなたにとって「完成」とは、どの状態を指しますか?

MM:完成とは、それ以上手を加える必要がないと感じた時です。ただし危険な瞬間でもあります。完成後にさらに良くしようとして、かえって作品を損なうことがあるからです。フランスには「最善は善の敵である」という言葉があります。

Q10:作品と身体性の関係について教えてください。

MM:身体への関心は幼少期から続いています。それは常に私にインスピレーションを与え続けるものであり、ひとつのオブセッションと言えるでしょう。どのような形においても、いまだに驚きをもたらしてくれます。

Martin Margiela|マルタン・マルジェラ
1957年、ベルギー・ルーヴェン生まれ。アントワープ王立芸術学院卒業後、ジャン=ポール・ゴルチエのもとで経験を積み、1988年にメゾン マルタン マルジェラを設立。匿名性や脱構築的手法で、ファッションの既成概念を更新した。エルメスのクリエイティブディレクターを経て、2008年にファッション界を離れ、ビジュアルアーティストへ転向。素材や記憶、不在といった主題を横断しながら制作を展開し、近年は欧州やアジア各地で展覧会を重ねている。

  • IMA 2026 Spring/Summer Vol.45

    特集:実践する写真、探求としてのイメージ

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