25 March 2021

『地図』の刊行から65年以上たったいまなお生まれ変わる、川田喜久治の新作「エンドレス マップ」展

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東京都

25 March 2021

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『地図』の刊行から65年以上たったいまなお生まれ変わる、川田喜久治の新作「エンドレス マップ」展 | 『地図』の刊行から65年以上たったいまなお生まれ変わる、川田喜久治の新作「エンドレス マップ」展

東麻布・PGIで、川田喜久治の作品展「エンドレス マップ」が開催中だ(2021年1月20日~4月10日)。本展覧会では、川田のデビュー作にして代表作である「地図」のネガを手漉き和紙にインクジェット・プリントした「新作」を発表している。今年、川田は88歳になるが、約3年前からインスタグラムでの頻繁な作品発表を開始し、現在も継続している。それらの写真をまとめて、1月にはbookshop Mから写真集『20』を刊行。活動の勢いは留まるところを知らない。現代のイメージ環境を反映し、SNSを通して次々と新しいイメージを産出しつづけている川田の新作としての「エンドレス マップ」を読み解く。

文=村上由鶴

川田喜久治と「地図」

川田喜久治の「地図」は、杉浦康平のデザインによる全ページ観音開きの独創的な装丁の写真集として1965年に刊行され、現在では入手困難な伝説の写真集として国内外に知られています。

その内容は、原爆ドームの天井のしみや鉄くずなどの混沌としたイメージと、当時の日本の気分を直接的に想起させるオブジェクトという二つの構成要素の明滅によって語られる戦争の記憶。日本という国の愚かしいきな臭さが、抽象的かつ詩的なイメージと記号的あるいは説明的なモチーフに凝縮され、多様な「読み」を可能にしています。これらの写真は松重美人や土門拳のように戦争の被害のあらましを生々しくドキュメントするものの対極にありました。彼らのドキュメントは、ある意味で、鑑賞者の想像力に頼るのではなく、視覚的なショックを起こして強制的に感情を起動させるものだったといえます。一方で、「地図」の抽象的なイメージと記号的なモチーフは鑑賞者の想像力の上にこそ効力を発揮し、川田の視点を起点に広がる意味を鑑賞者に自ら見出すよう誘っていたのでした。

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)

川田喜久治『地図』(美術出版社、1965年)


現在開催中の「エンドレス マップ」も、「地図」同様、イメージのなかに凝縮された意味をそれぞれの鑑賞者がつむぎ、読み解く作品です。しかし、川田は「エンドレス マップ」について、作品集『地図』の再編ではないのだといいます。

川田が、「1960年代の『地図』の全コンタクトと2020年未曾有の疫病の時が私のうちで重なり合い、シグナルやメタファーを想像させ、しかも和紙のソフトネスと微細なトーンから生まれ続ける新しい領土へのヴィジョンを探ったものです」と述べるように、彼は本作で50年以上前の自作のなかにCOVID-19のパンデミックという同時代的な事象との接続点を見出しているのです。

では、「和紙のソフトネスと微細なトーンから生まれ続ける新しい領土へのヴィジョンを探る」とはいかなることなのでしょうか。


新作としての「エンドレス マップ」

今作は、作品集『地図』に収録されたものと同じネガを使いながらも、本展覧会の為に改めてネガをスキャンし、トリミングを変更したものや、写真集未収録のイメージも含めて手漉き和紙にインクジェット・プリントした作品が展示されています。新たなデジタル処理と和紙へのプリントを経て、これまで黒く秘められていたシャドウ部に繊細な表現を見ることができます。 

かつて、福島辰夫や澁澤龍彦は川田の「黒」の魅力に触れ、その黒の濃縮に深遠な「地図」の表現を見ました。本作では、その黒に潜伏していたリアリティがあらわになっています。今回の展示では、地図を構成していた抽象的なイメージと記号的なオブジェクトという二つの要素のうち、抽象のイメージに重点が置かれています。澁澤が、『地図』について論じる中で「安っぽいシンボルと化した物体」、「狂気の時代の精神的骨董品」と述べた「菊の紋章、特攻隊員の血書、遺書、鉄兜、皺くちゃの日の丸、血染めの軍艦旗、老人の胸の紋章」による、意味を負い過ぎたモチーフが印象づける雄弁な、あるいは饒舌な「地図」の語りが抑制されています。

川田喜久治展レポート

しかしながら「エンドレス マップ」という作品から聞こえてくる語りの強度が弱まったというわけではありません。本作品では、シャドウ部の表現が繊細になり「しみ」や「鉄屑」のイメージに深い奥行きが生まれています。「しみ」という痕跡が示す喪失と時間。草木のなかに打ち捨てられても決して調和することのできない「鉄屑」。廃墟と化し楽観的な観光客の落書きに包まれたかつての「砲台」。この描写は、まさにこの混沌に川田が対峙し戦慄した当時の光景に、いま新たにわたしたちを接近させ、忘れ去られつつある愚行に目をひらかせます。


ところで、「戦慄の光景への対峙」という点で、本展覧会において最も鮮烈な印象を残す1枚は、原爆記念資料館に展示されている被爆者の髪の毛をガラス越しに写した写真でしょう。

写真はこれまでも「事物をありのままに写す」ものとして語られてきましたが、この「髪の毛」の塊は、豊かなトーンで、繊維質な手漉き和紙に刷り直されたことで、写真メディウムの特質を超える実在感を備えています。感染症対策のために各美術館やギャラリーがウェブ上ビューイング等の取り組みを行っていますが、本展覧会ではデジタルデバイスでは確認できない支持体と階調の表現に対峙することの喜び(と戦慄)を感じられることと思います。

川田喜久治展レポート

「エンドレス マップ」とは何か?

ここまで述べてきたように、「エンドレス マップ」はシグナルやメタファーを想起させる表現手法において「地図」とは決定的な違いがあります。この意味で「エンドレス マップ」は正しく新作であるといえるでしょう。

しかし、「エンドレス マップ」ないし「地図」で共通して展開されてきたのは、ある意味では近視眼的な川田の視点であり、実際の地図のように、地平を俯瞰で見渡すような視線ではありませんでした。では、どのような意味でこれらの作品を「地図/マップ」と見るべきなのでしょうか。

いま、改めて、一般的な地図という物を考えれば、それが地形や道の実態を調査し、整理し、人を導くものだということに気がつきます。つまり、地図は、記録であり道しるべです。そして、地図は当然、地形の変化に応じて書き換えられるものでもあります。この地図という道具の在り方は、川田の「地図/マップ」にも見出すことができるでしょう。加えて、その地図/マップが「エンドレス」である、ということは、本作が道しるべとしての役割を保ちつづけていくことの可能性を示しています。

川田は本作の制作にあたり、「再構成という感覚をはなれ、自分の作品から、さらなる時を見つけようとしています。そこに時代を内包する新たな幻影が加わることで、さらにリアルになってきます。スピードを持った電子的なアプリからも写真の幻影は生まれ続けているのです」と述べています。

川田喜久治展レポート

川田はインスタグラムやデジタル技術を積極的に導入し、現代のイメージの海へとみずから身を浸し、同時代、あるいは未来にも通用するメタフォリカルなリアリティの生成に取り組んできました。この試みと並行して展開された「エンドレス マップ」は、現代の観客の心中に、改めて「地図/マップ」によるエンドレスな「しみ」を残し、増殖させます。また、そう思うと「エンドレス」は、個人の肉体の限界をも乗り越える警鐘のようにも響きます。

「エンドレス マップ」は自作のなかから不穏を感じ、混沌とした世界に不満を燻らせ続ける川田が、自らの作品を新たに未来へと転送しようとする、その宣言なのです。

参考文献:
川田喜久治メールインタビュー、聞き手:村上由鶴、2021年3月15日
大江健三郎「MAP」『復刻版 地図』Akio Nagasawa Publishing 1965年
澁澤龍彦「壁のしみとヒュマニティの呻き」川田喜久治『世界劇場 図録』東京都写真美術館2003年[初出:『SD』1965年12月号]

タイトル

「エンドレス マップ」

会期

2021年1月20日(水)〜4月10日(土)

会場

PGI(東京都)

時間

11:00~18:00

定休日

日曜・祝日

URL

https://www.pgi.ac/exhibitions/6287/

川田喜久治|Kikuji Kawada
1933年、茨城県に生まれる。 1955年立教大学経済学部卒業。『週刊新潮』の創刊(1956年)より、グラビア等の撮影を担当。1959年よりフリーランス。「VIVO」設立同人 (1959〜61年)。主な個展に「ゼノン ラスト・コスモロジー」フォト・ギャラリー・インターナショナル [以下PGI](東京 1996年)、「カー・マニアック」PGI(東京 1998年)、「ユリイカ 全都市」PGI(東京 2001年)、「川田喜久治展 世界劇場」東京都写真美術館(東京 2003年)、「地図」PGI(東京 2004年)、「川田喜久治写真展 Eureka 全都市 Multigraph」東京工芸大学写大ギャラリー(東京 2005年)、「見えない都市」PGI(東京 2006年)、「川田喜久治展 ATLAS 1998-2006 全都市」エプサイト(東京 2006年)、「遠い場所の記憶:メモワール 1951-1966」PGI(東京 2008年)、「ワールズ・エンド World’s End 2008〜2010」PGI(東京 2010年)、「日光-寓話 Nikko-A Parable」PGI(東京 2011年)、「2011-phenomena」PGI(東京 2012年)、「The Last Cosmology」Michael Hoppen Gallery(ロンドン 2014年)、「The Last Cosmology」L. PARKER STEPHENSON PHOTOGRAPHS(ニューヨーク 2014年)、「Last Things」PGI(東京 2016年)、「ロス・カプリチョス –インスタグラフィ- 2017」PGI(東京 2018年)、「百幻影 – 100 Illusions」キヤノンギャラリーS(東京 2018年)、「影のなかの陰」PGI(東京 2019年)、「『赤と黒』Le Rouge et le Noir」リコーイメージングスクエア東京(東京 2020年)がある。グループ展多数。作品は東京国立近代美術館、東京都写真美術館、ニューヨーク近代美術館、サンフランシスコ近代美術館、テート・モダン、ボストン美術館などにコレクションされている。

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