Photographer's Table

写真家の食卓(前編)
川内倫子×テリ・ワイフェンバック

23 June 2017

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写真家の食卓 川内倫子×テリ・ワイフェンバック(前編) | 川内倫子×テリ・ワイフェンバック

写真家は料理上手が多い?そんな噂を解明すべく、写真家の食卓を訪問。川内倫子の食卓を訪れたのは、アメリカから来日していたテリ・ワイフェンバック。プライベートでも親交の深い二人が、写真と料理の話に花を咲かせる。

文=深井佐和子
写真=齋藤圭吾

二人の出会いは、2009年のニューヨークに遡る。偶然に知り合った二人は、その後2011年にパリで再び邂逅する。その縁をきっかけに、いつの間にかメールのやり取りに写真を添付して送り合うようになった。2014年に出版した『Gift』は、そんな二人による写真の往復書簡がまとめられた写真集だ。『Gift』の出版から3年が経ち、IZU PHOTO MUSEUMでの個展「The May Sun」のために来日したテリ・ワイフェンバックを、川内倫子が料理でもてなす。

お皿に盛られた料理の数々。みずみずしい旬の食材たちと、ちらし寿司の色彩が、食卓に彩りを添える。

お皿に盛られた料理の数々。みずみずしい旬の食材たちと、ちらし寿司の色彩が、食卓に彩りを添える。

テリ・ワイフェンバック(以下“ワイフェンバック”):今日は六本木の滞在先から歩いてきましたが、風が気持ちよくて、まるで桜の絨毯の上を歩いているようでした。

川内倫子(以下“川内”):絶好の散歩日和ですね。ごめんなさい、まだ準備が終わってないの。本当は創作プロセスを見せたくなかったんだけど(笑)。

ワイフェンバック:写真と一緒ね(笑)。今回、倫子の料理を食べられるなんて、私はとてもラッキーね! どの料理もとても美しいですが、日本の伝統的な料理なの?

川内:一般的な日本の家庭料理ですね。旬の食材を使った、春らしい献立にしました。

ワイフェンバック:この山菜は自分でとってきたの?

川内:はい、このワラビは自分で横須賀の山から採ってきたものです。今日のメニューについて簡単に説明しますね。スナップエンドウと干しタケノコの炒め物、7日間塩漬けして寝かせた豚肉のロースト、切り干し大根とわかめ、たこときゅうりの酢の物、具だくさんの筑前煮。そしてメインはちらし寿司。作り方は母に教わりました。

ワイフェンバック:お母様のレシピを踏襲するの? それともアレンジを加えますか?

川内:少しだけ私流にします。例えば、母のちらし寿司は砂糖を多めに使いますが、少なめに量を調整していたりとか。

川内倫子

普段からよく友人たちを招いて手料理をもてなすという川内。準備も手際良い。


ワイフェンバック:一緒に『Gift』を作っていたときに、写真と料理の話をしたことがありましたよね。そのときはさまざまな色の要素を入れることの重要性について話しました。料理も、写真と同じように色合いやテクスチャーの美しさが重要です。写真というメディア自体は世代から世代へと引き継がれていますが、倫子の写真は倫子だけのオリジナルなもの。今日の料理も、お母様のレシピを踏襲しているけれども、同時にあなたオリジナルのものでもある。そう考えると、類似点がありますよね。

川内:そうですね。アレンジしていくという点も似ています。テリも、お母様から料理を教わりましたか?

ワイフェンバック:残念ながら、私の母は料理が下手だったので、教わることはできませんでした(笑)。私の場合は、20代初めに1年半過ごしたニューメキシコ州で料理を覚えました。ガスは使わず、薪ストーブの上で調理して、果物は近所の人たちと交換したり、庭の野菜からチキンやラムまで、すべてその土地の食材を使っていました。

ちらし寿司の彩りにはいまの季節にぴったりの桜の塩漬けを。塩を抜くために水に浸ける

ちらし寿司の彩りにはいまの季節にぴったりの桜の塩漬けを。塩を抜くために水に浸ける


川内:ワイルド!写真と料理の類似点といえば、撮影が狩猟に似ていて、プリントは料理に似ているところ。

ワイフェンバック:確かに、撮影のことを「シューティング」というように、同じ語彙を使うものね。フィルムのプリントの作業は、まさに料理のようで、細かいプロセスを積み重ねて最終形に仕上げていきます。

川内:コントロール可能な点も似てますね。1分長く現像液に浸ければ色が濃くなる、というように、どちらも工程と結果を理解し、仮定しながら進めていく作業ですから。

ワイフェンバック:写真においての光は、料理では炎でしょうか。私は料理本を読むのが好きなのだけど、どのように材料を組み合わせ、どのようなスパイスを使って、どのような色になるのか、文章だけを読んで、あとは好きなように作るスタイル。私のプリントの作り方と似ているかも(笑)。ただ、日本料理の方がアメリカ料理よりも色が重要ですね。より繊細な感覚をもって作られているように感じます。

川内:写真についても、そう思いますか?

ワイフェンバック:特にアメリカの写真界では、直感だけでなく、アイデアやコンセプトを重視しなければならないと言う暗黙のプレッシャーがあります。日本の方が、感覚、体で感じることを大切にされていますよね。私は、両方存在していることが大切だと考えます。料理においてもそうですよね。調理時間や味付けの分量などを感覚で判断することが、とても大切です。

川内:この3年間で、お互いの私生活にさまざまな変化がありましたね。

ワイフェンバック:二人ともパートナーに出会い、倫子は出産もしましたね。その間も私たちの往復書簡は、以前と同じように続いていますし、あなたは出産後も変わらず精力的に作品を制作しています。本当に驚くべきエネルギーですが、あなたの写真からはいつも誠実さを感じます。前作の『あめつち』では、私は生まれて初めて、火を見て強く優しいと感じたんです。それまで私にとって、火はただ攻撃的なものでした。

川内:火は危険ですが、人間にとって重要な道具でもあります。あの作品の制作は、野焼きの自然を保つために燃やす火という考え方に興味を持ったのがきっかけです。

ワイフェンバック:新刊『Halo』には、特定の場所ではなく、さまざまな場所で撮られた写真が収録されていますよね。過去の作品も入っているんですか?

川内:いえ、今回はすべて未発表の新作です。

ワイフェンバック:先ほどダミーブックを拝見しましたが、あの本の世界にいつまででも浸ることができる、祝祭のような本ですね。

『Halo』のダミーブック

6月に発売になる川内の新作写真集『Halo』のダミーブック。光と闇のイメージが装丁に落とし込まれている。


旬の食材を生かしてワイフェンバックのために作られた、川内によるメニューを紹介

筑前煮

筑前煮
しいたけ、ゴボウ、干しタケノコ、こんにゃく、人参、蓮根や厚揚げなど具だくさんの煮物。よく味が染み、どれも素材の歯ごたえがしっかり残って、食べごたえがある。硬めの感触のこんにゃくは、川内の故郷である滋賀の永源寺のこんにゃく。東京では手に入らないので、帰省のたびに買って帰ったり、実家から送ってもらったりするそう。どっしりした根菜類の上に散らされたエンドウの若々しい緑が、美しいアクセントに。

ワラビの煮浸し

ワラビの煮浸し
春を告げる山菜の代表格・ワラビの煮浸し。産毛が残る新鮮で立派なワラビは、川内が横須賀の山で摘んできたもの。毎年この季節になると、収穫に訪れるそう。薄めの味付けで煮浸しし、春の恵みを口いっぱいに頬張ると、優しい幸せが広がる。少し長めに切って、若芽がこんもりと上に乗るように盛られた佇まいが美しい。新しい命が生まれる季節を感じさせる一品は、川内の写真作品が持つ生命感にもつながっている。

ちらし寿司

ちらし寿司
当日のメインは、川内が母親から受け継いだ料理という、春らしいちらし寿司。長野で買ったアンティークのお皿に、蓮根、人参、干ししいたけ、菜の花やちりめん山椒などを混ぜ込んだ色彩豊かなお寿司をのせ、錦糸卵、桜の塩漬け、紫蘇の葉といくらを盛り付けると、華やかなテーブルの主役となった。「田舎風なのでかなり甘めの味付けで、手間もかかるけど、やっぱりおいしくて、春になると作っちゃう」と川内。

後編に続く

テリ・ワイフェンバック|Terri Wei fenbach
1957年、ニューヨーク生まれ。ワシントンD.C.在住。メリーランド大学でファインアートを専攻。初の写真集『In YourDreams』(Naz raeliPress 、1997年)で注目を集め、独特の風景描写と美しい装丁からなる15冊の写真集は、これまで高い評価を受けている。現在はジョージタウン大学で教鞭を執る。2015年にはグッゲンハイム奨学金を獲得。

川内倫子|Rinko Kawauchi
1972年、滋賀県生まれ。2002年『うたたね』『花火』の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞、2013年に第63回芸術選奨文部科学新人賞を受賞。個展、グループ展は国内外で多数。国際写真賞プリピクテの最終候補に選出され、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)を皮切りに世界巡回するグループ展に参加中。写真集『Halo』(HeHe)の出版に合わせて、6月27日(火)から森岡書店、6月30日(金)からPOSTにて個展を開催予定。