12 February 2021

川内倫子の日々 vol.1

写真と文で綴る暮らしのこと、写真のこと

12 February 2021

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川内倫子の日々 vol.1「節目にはいつも」 | 川内倫子の日々 vol.1

節目にはいつも

映像作品を作り始めたのは15年くらい前。40cmくらいの長さのHDVのカメラを肩にたすき掛けして、右肩にローライフレックスをぶら下げ、ポケットには接写レンズ、ウエストポーチにフイルムとコンパクトカメラを入れた状態で撮影することが多かった。いまよりもずっと体力も気力もあったのだ。最近は機材の進化のおかげで1台の小ぶりなカメラで動画も静止画も撮れるから、ちょっとした撮影なら50mmレンズかズームレンズだけを付けて身軽に動ける。年齢を重ね、小さな子どもがいる身としては、その進化の恩恵を有り難く受け止めている。

昨年の暮れ、さらに映像撮影に特化した機材をある仕事の依頼で使わせてもらえる機会があった。いままで使っていたカメラでも十分だったのだが、さらに使いやすかった。多機能すぎてそのすべてを使いこなす自信はないが、なんとか自分の手に馴染むようにしていけたら、さらに今後の仕事に広がりが出そうだなと、少しわくわくとした。元々機材を扱うのは苦手だったけど、この仕事を生業にするからにはそういってもいられず、なんとかその時々で色々な人の助けをもらいながらいままでやってきた。このタイミングでさらにアップデートさせようと、前々から思っていたPCの買い替えも昨年末についに決行した。映像の編集作業の能率アップが一番の目的だったのだが、それに合う機材をどれにすればいいかが全然わからない。メーカーのホームページを読んでもさっぱりわからないので、周辺の詳しい友人に聞いてなんとか買えたのだが、データ移行につまずいた。色々な方法をネットで調べて試したがどれもうまくいかず、だんだんこじれてきてしまった。あきらめて宿題を抱えた気持ちで年を越した。

年末年始は自粛される方も多いなか、悩んだけれど結局娘とふたりで帰省して実家で過ごした。例年よりも地味な年越しだったが、餅つきをしたりおせち料理を食べたりして、それなりに正月の空気を楽しめた。大晦日から降り続けた雪は40cmほど積もり、元旦の朝は見事な雪景色だった。物心ついてからそのような景色を見たことがなかった娘は喜んだ。上を向いて口を開け、降ってくる雪を食べたり、積もった雪の上に飛び込んだりして随分楽しんでいた。やめてーあぶないよ、といっても聞かない。迷いなく雪に飛び込み、埋もれて笑い続けている。なにをするにつけ、他の選択肢と比べて一度逡巡しないと決められない自分はその迷いなさがうらやましくなるほどだ。年齢のせいもあるだろうが、最近とくに優柔不断になって即決できないことが多いな、とその様子を見ながらふと思う。

自宅に戻る新幹線で、唇に違和感を感じた。口唇ヘルペスができそうな気配だった。ゆっくりしたし、仕事も休んでいたのになぜ……と思ったが、年末年始は気が緩んでそれまで溜め込んでいた諸々が表に出やすい時期ではある。毎年1月は熱を出すなど体調を崩すことが多かったな、と思い出した。移動が続いたり、ストレスが溜まるとよく口唇ヘルペスができる体質なのだが、翌日にはやはり腫れてきてしまった。あまりひどくならないといいな、と思いつつ、データ移行をまずは終わらせないと溜まっている仕事ができないので、メーカーのサポートセンターに電話して、いろいろと試したがなかなかスムーズにいかない。結局丸二日かけてなんとかデータ移行できた。ほっとしたらヘルペスの痛みが増していることに気がついた。鏡で確かめると水泡がいくつもある。ここ数年のなかではかなりひどいほうだった。近所に皮膚科が見当たらず、30分車で走って行った皮膚科には、皮膚科の先生がその日はいない曜日なのだといわれた。前日に電話で皮膚科について質問したときはそんなことはいってなかったが、いまはどこも大変なのだろう。結局内科で診てもらうことになったが、痛みとめまいを抱えながら2時間近く待ち、処方箋だけ出してもらった。クリニックの空気は慌ただしくて人が全然足りてないようだった。やはりコロナの感染者増加に影響があるのだろう。とりあえず薬がもらえたので少し落ち着いた。

数日後、長年お世話になっているアーティストであり、デザイナーでもある方と会ったとき、PCのデータ移行でとまどって大変だった、という話をしたら、ああ、だから自分は絵を描くことにスライドしたんだよね、機械に振り回されるのがいやで、と言われてはっとした。自分が機材を使っているつもりが逆になってしまい、身体はそのストレスで不調をきたして、なんだかな、という気持ちだったし、筆や鉛筆を使うことだけで作品を作る画家や小説家、さらには道具を持たない歌手、ダンサーなど、身体と直結した表現をする人々に以前から尊敬と憧れのようなものを感じていたから、なおさらだ。とはいえ仕事柄機材は不可欠で、それについては写真を始めた頃にすでに自分で納得していたのだから掘り返すまい、唇の腫れが治るころには新しい機材を楽しめているだろう、と思うことにした。そういえば節分前はいつもなにかしら切り替えになる出来事があることを思い出した。そういう流れになっているのだな。

川内倫子の日々 vol.1

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