22 June 2018

西野壮平×中村裕太×鈴木ヒラク
「写真家の食卓 vol.3」(前編)

22 June 2018

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西野壮平×中村裕太×鈴木ヒラク「写真家の食卓 vol.3」(前編) | 西野壮平×中村裕太×鈴木ヒラク

写真家が料理を振る舞い、ゲストとのトークを繰り広げる連載弾3弾。世界の都市を歩き、独自の地図を作る西野壮平がホストを務め、日本各地から陶片を採集し、その土地の文化や 風習を読み解く中村裕太と、「道路」や「交通」をテーマに掲げ、時空間に新たな線を描き出す鈴木ヒラクが招かれた。三者三様の作家たちをつなぐ回路とは?

文=IMA
写真=阿部健

西伊豆の海岸線に位置する戸田は、晴れた日には対岸に富士山が望める港町。西野壮平は、この土地に構えた約500平方メートルの巨大なアトリエで、時折ゲストを招いて食事をもてなすという。今回は、気が置けない友人である中村裕太、鈴木ヒラクとともに、地の食材を存分に使った料理を囲んだ。「歩く」「撮る」「拾う」「描く」「書く」……多様な制作プロセスを横断する作り手たちの会話はエンドレスに続く。


峠の上から眺めた戸田の街。西野は、アトリエから徒歩5分の距離にある海をたびたび眺めに行くという。

アトリエの入り口で、ゲストを迎える西野。

西野壮平(以下、西野):料理を作って振る舞うとしたら来てほしいゲストは誰かと考えたときに、二人が浮かんだんです。中村は僕の小・中学校の同級生。いまでも、当時のまま「なっかん」と呼んでる(笑)。

中村裕太(以下、中村):僕も「にっちゃん」と。今日は、「西野さん」と呼んだほうがいいのかなと思ってた(笑)。

鈴木ヒラク(以下、鈴木):そのままでいいよ。小さい「つ」が、関西っぽくていいね(笑)。

西野:なっかんとは昔から仲が良くて、お互いに歩んできた道も知っているけど、こうやって改めて話すような機会はなかなかなくて。戸田の近くの松崎の海岸線には、陶片とかも落ちている石丁場跡もあるので、いつかここに来てほしいと思っていた。

中村:普段は京都にいるんですけど、にっちゃんに電話もらったときは、ちょうど西宮市(二人の故郷)に帰省しようと、梅田駅から神戸線に乗り換えるタイミングだった。にっちゃんとはそういう偶然がときどきあるよね。

西野:ヒラクさんは、昔から作品のファンで。2015年にIMA galleryで個展「Action Drawing: Diorama Maps and New Work」を開いたときの関連トークショーに参加していただいたのがきっかけで出会いました。

鈴木:あれは良い出会いで、感謝しています。それ以降、たまに散歩したり、飲みに行ったりしてるよね。今回は、二回目のアトリエ訪問です。


祖母が郷土料理研究家という西野。紹興酒、醤油、砂糖を合わせたタレに漬けた戸田で獲れた本エビを盛り付ける様子。

「いままでしいたけを食べられなかったのですが、戸田に来て変わったんです」と西野が開眼したという絶品のしいたけを、アトリエの真ん中にあるストーブをオーブン代わりにグリル。

3年前から陶芸を始めた鈴木ヒラク作の器。食事会のために持参してくれた。

西野:今日は、ご飯を食べながら、作品作りについても話せたらいいなと思っています。3人に共通するものとしては、身体的なプロセスっていうのがあるのかなと。共通点を無理やり探る必要はないけど、こうやって3人で集まったのは、偶然だけじゃなくて、必然もあるだろうし。

中村:僕は、日本各地に陶片を探しに行くのですが、ある程度事前にリサーチして、おそらくこのあたりかなと目星をつけて足を運ぶようにしている。現地に行くと、「この角曲がったら陶片があるんじゃないか」と呼び込まれるような感覚があって。そしたら、本当に落ちていたりする。それを偶然といってしまうとそれまでなんだけど、身体性って、操作できる部分とできない部分、あと呼び込む部分がある気がする。そういった身体感覚が面白いと思いながら歩いてますね。

鈴木:僕も歩くことから何かを見つけて、立ち上げていくのが基本です。歩くことも作ることも、ひとつひとつ分析してたら追いつかないくらいの判断の連続だよね。それでも、完成した作品を見た瞬間に、そのプロセスの集積を感じ取ることができたらいいと思う。


西野壮平

中村裕太

鈴木ヒラク

中村:にっちゃんは写真を撮っているとき、最終的な全体像が見えているの?

西野:よくそういわれるけど、実際はそうでもなくて。目の前にあるものをキャッチしていくっていうスタイルで作ってる。

中村:そんな感じがする。

西野:それこそ、なっかんがいったように、「ここを曲がったら何があるんだろう?」「この路地を抜けたらどんな景色があるんだろう?」みたいな興味の集積が作品になっているような感じ。都市をずっと歩いていると、自分が何者でもなくなって、新しいものに出会っている感覚を覚える。歩いているときが、一番楽しい。

中村:作品作りにおいて、ピークみたいなものはない?僕の場合だと、落ちている陶片を拾った瞬間がひとつのピーク。見つけた状態を写真に撮ってから拾うようにしているんだけど、うれしいときは先に拾っちゃったりして、拾った跡だけを撮ったりすることもある(笑)。そのあと、陶片に文字を刻んでいくことももちろんピークではあるけど、その出会いの瞬間の喜びは、作品を見る人には見えない部分だけど、すごく大切なプロセスかなと思っていて。


Installation views of 20th DOMANI:“ The Art of Tomorrow” Exhibition, The National Museum of Modern Art, 2018 Photo: Nobutada Omote

Installation views of 20th DOMANI:“ The Art of Tomorrow” Exhibition, The National Museum of Modern Art, 2018 Photo: Nobutada Omote

Installation views of 20th DOMANI:“ The Art of Tomorrow” Exhibition, The National Museum of Modern Art, 2018 Photo: Nobutada Omote

中村裕太「日本陶片地図」
明治時代に日本を訪れた動物学者エドワード・モースが、日本の陶器に魅せられ、日本各地の窯元を訪ねて約5,500点の陶器を集めた史実に着想を得たシリーズ。モースを惹きつけた土着的な陶器は、近代以降の産業化により姿を消しつつある。中村は、日本各地から陶片を集め、それに陶片を拾うまでのエピソードを書き、名勝地の絵はがきと組み合わせることでその土地を想起させ、ひとつの地図を作り上げる。

西野:それは写真的な感覚に近いかも。写真を撮るときも、その瞬間の喜びがある。例えば、「いいな」と感じる風景があって、それを通り過ぎて、後で撮ろうと思って10歩くらい進み、「やっぱり撮ろう」と思って戻ると、「なんか違う」みたいな。良いと思ったものをその瞬間に撮るのが、やっぱり面白いんだと思う。

中村:同時に、編集する欲望みたいなものもある。僕の場合は、発見の後に、その土地の名勝絵はがきを選んで陶片と組み合わせる作業が待っている。にっちゃんとお互い意識し合って作ったことはないけど、プロセスが意外と似てるのかなって思う。

西野:ヒラクさんにとってのピークは?

鈴木:二人と同じで、ファーストコンタクトはひとつのピーク。最初は街で出会った素材やカタチを拾って作っていたし。ただ、変化してきたのは、そういう偶然の出会いの瞬間自体を、自分の身体で作るような実験を始めたこと。例えば3年前の「GENZO」というシリーズでは、真っ暗なトンネルの中に黒い紙を持ち込んで、何も見えない状態でシルバースプレーのノズルを押して、体の動きだけで瞬発的に描いたんです。それが最近は、「Constellation」シリーズのように、いくつものジェスチャーを集積させて、ひとつの銀河みたいなものを作るようになってきた。制作中にはいろんな綱渡りがあって、描いているうちに何かに見えるようになったら、そこから逃げるような行為を繰り返してるかもしれない。常に謎との出会いを求めているというか。そういうピーク探しの痕跡の集合体が結果的に作品になるっていう作り方をしてますね。だから、壮平くんの一瞬一瞬の判断が集まって、編集されて、ひとつのうねりを作っていくっていう手法は、いますごく共感する。


Constellation

GENZO

GENZO

鈴木ヒラク「Constellation」
土と墨汁で染められたキャンバスに、光を放つようにシルバースプレーの飛沫やシルバーマーカーによる点や線を配置していくことで制作される作品。偶然と意図、イメージと言葉の間の綱渡りの中で新しい記号を発見していく行為の集積が、巨大な全体像となる。まさにいくつものジェスチャーが重層的に組み合わされ、ひとつの銀河を生み出している。

鈴木ヒラク「GENZO」
真っ暗なトンネル内部に黒い紙とシルバースプレーを持ち込み、何も見えない状況の中で瞬発的に描いたことから始まったシリーズ。この手法は、太古の洞窟の暗闇の中で描かれたネガティブハンド(岩に手を当て、口の中に含んだ顔料状の炭を吹きかける手法)を想起させ、暗室でネガフィルムを現像する写真の工程とも近似するところがある。タイトル「GENZO」には、現像のほか、幻像や原像という意味も含まれている。

西野:ヒラクさんは、最近作品によくステンレスを使っていますよね?

鈴木:そうそう。街中でステンレスの手すりとかポールとかビルの壁が太陽に反射して、ギラッて光ってたりするでしょ?道を歩くときに、都市が文化とか文明としてではなく、素材や現象として見えてくる瞬間が好きなんです。僕は「ストリート」より、「ロード」という言葉のほうがしっくりくる。ステンレスは鉱物でもあるし、光を反射する鏡でもあるし、近未来的な感じもいい。

中村:僕は、京都・大阪の元遊郭だった場所には、ケバケバしいモザイクタイルが多く、新興住宅地にはタイルが使われないとか、タイルという素材を観察しながら街を歩いているんだけど、こないだ大阪の西成を歩いていると、ステンレスがすごく多いことに気づいた。ステンレスの語源は、「ステイン(汚れ・さび)・レス(ない)」。ステンレスという素材から街の汚れに対する意識を読み解くこともできるかなと思った。ヒラクさんと同じで物質にも興味があると同時に、なんでこの土地にはこの素材が多いのかなとか、テクスチャーからコンテキストを読み解いていくのが楽しい。

鈴木:その興味のバランスというのは、流動性があると思う。最近僕はどちらかというと物質自体に興味があるけど、コンテキストを考えるのも好きですね。都市を勝手に解読するというか。

中村:そうそう。正しくないかもしれないけど、それはそれで面白い(笑)。

後編に続く

西野壮平|Sohei Nishino
1982年、兵庫県生まれ。2004年大阪芸術大学写真学科卒業。在学中から、都市を歩いて撮影した膨大な数の写真をコラージュした「Diorama Map」シリーズを始め、現在もさまざまな都市で継続している。 2013年に国際写真センターのトリエンナーレ「A Different Kind of Order」、2017年には第7回Prix Pictet「SPACE」の最終ノミネート作家に選出された。2016年、サンフランシスコ近代美術館にて個展を開催。

中村裕太|Yuta Nakamura
1983年、東京生まれ、京都在住。2011年京都精華大学芸術研究科博士後期課程修了。「民俗と建築にまつわる工芸」という視点から、タイル、陶磁器などの研究と作品制作を行う。主なグループ展に、第8回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2015-16年)、第20回シドニー・ビエンナーレ(2016年)、「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」(森美術館)などがある。

鈴木ヒラク|Hiraku Suzuki
1978年、宮城県生まれ。2008年東京芸術大学大学院美術研究科修了。「絵」と「言葉」、「描く」と「書く」の間を主題に、平面、インスタレーション、壁画、映像、パフォーマンス、彫刻の制作を展開する。2013年「ソンエリュミエール、そして叡智」(金沢21世紀美術館)、2015年「THINK TANK
Lab Triennale / International Festival of Contemporary Drawing」(ヴロツワフ建築美術館、ポーランド)などに参加。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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