12 December 2018

Interview
Sayuri Ichida

LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS展 作家インタヴュー vol.7
日本とアメリカふたつの国へのアンビバレンスなノスタルジアを重ね合わせる

12 December 2018

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市田小百合インタヴュー「日本とアメリカふたつの国へのアンビバレンスなノスタルジアを重ね合わせる」 | 市田小百合インタヴュー 01

撮影:Kazuo Yoshioka

今年の「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #6」にも出品した、バレリーナをオブジェに見立て撮影したシリーズ「Mayu」は、日本人としてアメリカへとわたった市田小百合自身の「移民」としての経験がきっかけになっているという。しかしそれと同時に、少し色褪せたようなトーンからはどこか甘美なノスタルジーを覚える。異国の地への郷愁の眼差しは、どこからやってくるのだろうか。日本とアメリカ、このふたつの国の間をたゆたう彼女の経験と記憶を紐解く。

インタヴュー・構成=酒井瑛作

―市田さんは現在ニューヨークで活動されていますが、過去にロンドンへとわたり、ファッションフォトグラファーを目指していたそうですね。

そうですね。写真の専門学校で出会った先生がファッションの分野の方で、ファッションフォトをやるならスタジオに入れといわれて。そしてイイノ・メディアプロに入社し、そこで仕事を続ける中でファッション写真をやるには英語習得が必要だと感じたのでイギリスへわたりました。約二年経って、ビザの関係で帰国しなければならなかったのですが、まだ帰りたくなくて、ニューヨークに来たんです。

最近までは、ファッションフォトグラファーのスタジオでレタッチャーとして働いていました。ただ、本場のファッションの世界に近づくと同時に過酷さも見えてきて、自分の思い描いていたものと現実のギャップに気がつき自分には向いてないと自覚して、それから二年間くらいはまったく写真を撮らなくなり、レタッチャーとしてだけ働いていたんです。ファッションフォトグラファーを目指して日本を離れたので、途中で「違う」と気づいたときに海外へ移住してきた本来の理由を失ったような気がして海外に住み続けることへの葛藤がありました。

そのとき、専門学校時代の先生に「せっかく技術を身につけたんだから、せめて自分のためでもいいから写真を撮ったら?」といわれて、本当に好きなものだけを撮りはじめたら楽しくて。数が溜まっていったので、作品にしてみようと思っていまに至るという感じですね。

―今回展示されていたシリーズ「Mayu」は、日本からの移民として海外に住んでいる経験が背景にありますが、そういったことをどのように作品として形にしようとしたのでしょうか?

「Mayu」は、ニューヨークシアターバレエ団に所属している小栗麻由さんが被写体になっています。方法は違えど彼女は自分と同じ表現者であり、移住して暮らす日本人であり、近い境遇だったんです。「移民だから」、「女性だから」私たちは苦しかった、というのは前面に出していいたいことではないのですが、どうしてもそういう経験は積んできていて、その経験が私たちを強くしてくれる部分もあります。だから彼女の体はただ儚いだけではなく、どこか起き上がってくるようなイメージを投影しています。でもそれはあくまで裏テーマで、ちょっとでも入りやすいようにわざと顔を見せないようにしていますね。

Mayu,2018

Mayu,2018

Mayu,2017


―ポージングも普段バレエでやる型というよりも、少し違和感のあるものですよね。

あくまでフレームの中ではオブジェのようにしたかったんです。もともと彼女からはアーティスト写真を撮ってほしいと頼まれていたのですが、ダンサーの綺麗なアーティスト写真だったらその専門の人が撮った方がいいだろうと思い、私の世界観の中でどう彼女を表現できるかを考え、私が普段撮っているランドスケープの中に彼女をオブジェとして捉えるよう意識していましたね。

―風景写真は海外にわたる以前から撮っていたのでしょうか? 写真を始めたきっかけをお伺いしたいです。

私は新潟で育っているのですが、出身は福岡で。引っ越した理由は、父親が原子力発電所に勤めていたんです。当時、仕事場で故障部分等を記録するために一眼レフのカメラを持っていたので、家にカメラがあったんですよ。

それで、中学校3年生くらいのときに綺麗な海や砂漠のポストカードを集めるのにもハマって、こういう写真を自分も撮れたらいいなと思い、カメラを触りはじめたのがきっかけです。

―ポストカードって海外の風景のものですか?

本当にベタなハワイの白い砂浜と青い海と……みたいな(笑)。写真を知らない人でも入りやすい感じのものです。高校時代はそれこそ真似っこで海とか田舎の風景を撮っていましたね。

―「Mayu」や過去の作品「Deja vu」は、どこか特定の場所の風景というよりも、普遍的な風景のようにも見えます。記憶の中のイメージのような。

その話を聞いて思い出したのですが、子どものときに中を覗くとフィルムが入っていて、がちゃんがちゃんと写真が変わっていくおもちゃがあったじゃないですか。パリの街並みとか、どこかの綺麗なビーチとか。そういうものと自分が作って出来上がった写真の構図がすごく似ていることがあるんですよね。3、4歳頃の記憶だと思うのですが、いまでもどんな写真か思い出せるくらいだから、イメージは相当濃く残っているのかもしれません。

「Deja vu」シリーズ

「Deja vu」シリーズ


―実際に撮っているのは市田さんが暮らしているアメリカの風景ですが、そこに記憶が重なってくるのは面白いですね。

撮影しているとき、アイデンティティとしては日本人なので、やっぱりアメリカにいても自分を通して撮ったイメージというのはあります。なので「アメリカの風景を撮っているけど、アメリカに見えない部分もあってその感覚が不思議だ」と意見をもらったことがあって。

あと、アメリカの60年代、70年代のカラーの写真が出てきた時代のアメリカの男性の写真家、それこそウィリアム・エグルストンとかの色を、日本人でしかも女性が出しているのは珍しいといわれたこともありますね。決してそれを意識して撮ったりしたことはないのでそういわれて自分でも新しい発見でした。

―すごい話ですし、不思議ですね(笑)。

でも、自分の中でアメリカがしっくり来る部分もあって、それはなぜかというと母親がアメリカのポップミュージックと映画が大好きだったんですよ。例えば、The Supremesのニューヨークで撮った画質の粗いビデオとか、「West Side Story」とか、子どもの頃から散々触れていたので、来たことがないのに「懐かしい!」と思うことがあって。そういうところも写真に出ているかもしれません。とくにニューヨークって東京みたいに街並みが変わっていくことが少ないから昔からそのままで。

―それは現代のメディア環境だからこそ起きうる感覚かもしれないですね。海外に住んで何年目になるんですか?

9年目ですね。

―何か変化はありましたか?

展示のテーマ「不確実な世界との交信法」は、英語では「Uncertainty」と訳されていて、そこには「不確実」だけではなく、「不安」のような意味合いも含まれているのですが、そういう部分は自分自身に対してあります。

「Mayu」の作品と通ずる部分もあるのですが、移民として生活が長くなっていろいろ経験してきて、ようやくフィットしてきているというか。海外の生活にも慣れて普通になってきているけど、日本人には変わりないし、いずれ日本に帰るとなったとき、逆に自分の国にどうフィットし返すか、そこの不安はありますね。

 

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #6」アムステルダムでの展示風景(撮影:大谷臣史)

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #6」アムステルダムでの展示風景(撮影:大谷臣史)

―アメリカでの経験が市田さんのアイデンティティの一部になりつつあるんですね。これから作ろうとしている作品やプロジェクトがあれば聞きたいです。

いま考えているのは、私が5年間いたエリアに暮らすポーランド人たちのポートレイトです。ブルックリンの最北端くらいのエリアなのですが、常に周りにポーランド人がいたんですよね。ただ、隣のエリアが若者の街になってきていて、家賃がものすごく上がったから、どんどんお店が潰れていっています。治安が悪かった時期から長らく続いていたコミュニティが崩れつつあるので、彼らの1世である人たちをドキュメンタリー方式で撮れたらいいなと。やっぱりどうしても移民としての気持ちは気になって。次は、画としてあくまで綺麗に撮りながら、メッセージ性をもう少し与えて、真実を伝えられたらと思っています。

撮影:ダスティン・ティエリー

撮影:ダスティン・ティエリー

市田小百合|Sayuri Ichida
1985年、福岡県生まれ。2006年、東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後イイノメディアプロにてスタジオマンとして3年半ほど働いたのち渡英。2012年より拠点をニューヨークに移す。2016年、JAPAN PHOTO AWARD受賞。2018年はFotofilmic18 入選し、Fotofilmic 18 Shortlist Show(カナダ)に参加。9月にロシアのSpace Placeで個展を開催。また10月のBarcerona Foto Biennale, 5th Biennale of Fine Art & Documentary Photography(スペイン)に参加。
https://www.sayuriichida.com/

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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