26 March 2020

Book Review

田附勝『KAKERA』ブックレヴュー
断片でしかない“生”の記録

26 March 2020

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田附勝『KAKERA』ブックレヴュー、断片でしかない“生”の記録 | KAKERA

デコトラや東北をテーマに、人々の営みやそこに根付く文化を独自の視点で追い続けてきた田附勝。新作『KAKRA』には人の姿は写っていない。そこには、全国の博物館などの収蔵庫や発掘現場で保管されていた縄文土器のかけらが、梱包されていた発掘当時の新聞とともに収められている。写真に複数の時間や場所のレイヤーを含むこの写真について、民俗学者の畑中章宏がドキュメントという切り口で考察する。

文=畑中章宏

非常に優れた“ドキュメント”の写真集である。

ここであえて“ドキュメント”という言葉を使うのは、写真史上これまで写し取られてこなかった時間と空間がとらえられているからである。しかしこの写真集で写真家が、どんな場所、どのような瞬間を撮っているかを即答するのは難しい。それは時間と空間が交差し、ないまぜとなった場面にレンズが向けられているからにほかならない。

『KAKERA』に収録された写真群の被写体を、強いて言語化するなら、「縄文土器」と「新聞紙」である。もう少し詳しく説明すると、いまから3千年から1万3千年頃に日本列島でつくられた縄文土器であり、約100年から数年前に包むために用いられた新聞紙である。そして、縄文土器と新聞紙が撮影されたのは、この3、4年のあいだに日本各地の博物館や資料館、埋蔵文化センター、あるいは民家などにおいてである。

こうした被写体の複層性を説明するため、土器の側から、写真に撮られるまでの経験をたどってみるとどうなるだろう。その土器はかつて、日本列島のどこかでつくられた。しかし、どのような目的で、どのような人物によってつくられたかを、現代の私たちは知る由もない。それは壺状の器の一部だったかもしれない。しかし煮炊きに用いられたのか、カミの祭祀に用いられたのか、あるいは鑑賞のために創作されたのかといったことは、推測の域を出ない。なぜならその土器をつくったり、使用したりしている状況を記録した絵画史料も、文字史料も残っていないからだ。

土器はその後、何かしらの力により「かけら」になってしまった。それが祭祀のための器だった場合、縄文人の霊魂観に従い、割られてしまったのかもしれない。

しかし、何千年という時間が経過するなかで、土器は土砂に流されたり、火山灰に埋もれたりといった経験を積んだことだろう。そうした自然の作用で断片になったとしても不自然ではない。

新時代 1935年 (昭和10年)4月11日 東京朝日新聞(撮影:2018年11月27日 奈良県奈良市)

新しいたたかいへ 1954年(昭和29年)1月1日 アカハタ(撮影:2018年11月27日 奈良県奈良市)

凶手に倒れたケネディ大統領 1963年(昭和38年)11月23日 朝日新聞(撮影:2018年11月27日 奈良県奈良市)

今も耐えている 沖繩 1969年(昭和44年)11月16日 読売新聞(撮影:2016年3月15日 東京都杉並区)

火星表面から初の写真 1976年(昭和51年)7月21日 朝日新聞(撮影:2016年3月15日 東京都杉並区)

のぞき日記 1990年(平成2年)1月1日 東京スポーツ(撮影:2017年12月6日 東京都東久留米市)

東日本巨大地震 2011年(平成23年)3月13日 読売新聞(撮影:2012年9月27日 新潟県中魚沼郡津南町)


土の中で眠っていた土器は、ある日、近現代人の手で掘り起こされ、地表に現れることになった。そして科学的な分析の視線にさらされたのち、新聞紙にくるまれて保存されることとなった。科学の目も、新聞紙も、土器にはあずかりしらぬことである。

新聞紙にしても、本来の用途を離れて、カメラの前に置かれた。新聞紙は、それが発行された日付より少し前に起こった出来事を記事にし、印刷し、情報を得ようとする人々に資するためのものである。そこに印刷された記事は刻一刻と古くなっていくしかないものの、歴史資料として図書館などで閲覧される機会もある。

だがふつうの人びとにとって、日々蓄積されていく新聞紙は、束にしてリサイクルに回す以外、使い道は少ない。そんな新聞紙にとって、ワレモノを包むことに使われるのは、思いがけない生かされかただったろう。ふつうの人びとが引っ越しなどの際、ワレモノを新聞紙でくるむように、考古学者たちも新聞紙で土器を包んだ。縄文土器と新聞紙はここで、思いがけない出会いを果たすことになる。田附勝がレンズを向けたのは、そんな時空を超えた「関係」に対してだった。

1963年11月にアメリカ・テキサス州のダラスで、ケネディ大統領が狙撃されたことを伝える新聞紙と、それをくるんでいた縄文土器は、時間と空間の壁を超えて邂逅してしまった。土器は自身の経験を語ってはくれないけれど、新聞紙は情報そのものだ。それは歴史の沈黙と現在の饒舌の出会いともいえよう。

ある日のある朝、届けられる新聞の情報は、世界の断片に過ぎない。私たちの“生”もまた、長い時間の連なりのなかでは、ひとつの“かけら”にすぎないのだろうか。色褪せた新聞紙の上に置かれた縄文土器の無言は、つねに断ち切られてしまうしかない私たちの世界を表わしているような気がしてならない。


タイトル

『KAKERA』

出版社

T&M Projects

価格

8,800円(税込)

出版年

2020年

仕様

ハードカバー/300mm×285mm/102ページ

URL

https://www.tandmprojects.com/products/kakera-by-masaru-tatsuki

畑中章宏|Akihiro Hatanaka
民俗学者。『災害と妖怪』(亜紀書房)、『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』『蚕』(晶文社)、『『日本残酷物語』を読む』(平凡社新書)、『天災と日本人』(ちくま新書)、『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)、『死者の民主主義』(トランスビュー)など著作多数。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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