シネマティックな写真を撮るポーランド出身のフォトグラファー、マチェイ・クーチャ。ポートレイトやファッション撮影など、雑誌や広告を中心に活躍する在日10年目のカメラマンが愛用するのはCANONとCONTAXの2台だ。そこまでカメラに愛着はないという彼に、2台のカメラについて、日本での撮影のあり方、そしてコロナ禍で感じていることを訊いた。
撮影=劉怡嘉
文=高田剛豪
―まず、愛機を教えてください。
CANONのEOS 1D X MARKⅡ(以下、1DX)です。5年くらい前に購入したものです。フォトグラファーによっては、カメラを大切なパートナーだという人もいますが、僕はカメラにパーソナルな感情を抱くことはありません。頑丈で正確で信頼できるカメラであればそれで十分です。
―どういったところが気に入っていますか?
撮影をするときにカメラの存在を意識しなくていいところですね。本来、被写体とフォトグラファーのあいだにはなにも存在してはいけません。写真の焦点は被写体であるべきで、カメラに意識が向いてはいけないと思っています。その点では、1DXは設定に手間がかかったり、動作が遅かったりといった心配をしなくてもいいカメラです。
―身体の延長線上にカメラがあるような感じでしょうか?
はい。カメラはできるだけ有機的であるべきです。そういった理由で、ミラーレスカメラはあまり好みではありません。デジタルディスプレイを通して間接的にのぞくのではなく、レンズを通して直接、被写体を見たいのです。
また、1DXは1秒14コマ連写できる点も気に入っています。僕はポートレイトを撮影するときに、細かいポーズの指示を出さないようにしています。できるだけ被写体から自然に生まれるものを捉えたいからです。ダンサーやアスリートなど、動きがある被写体を撮影するときもこの連写は活躍します。被写体がジャンプをして、そのピークがどこかわからなかったとしてもちゃんと撮れるので安心です。
―1DXより前はどんなカメラを使ってきましたか?
両親がフォトグラファーだったので、幼いときからカメラには触れて育ってきました。最初に手にしたのは、PRAKTICAのカメラです。次にNIKONのFM2。ZENZA BRONICAのカメラもありました。
親の手伝いをするうちに、コマーシャル・フォトグラファーとして仕事をするようになりました。17歳のときです。フィルムからデジタルに転換する2〜3年前ぐらいです。そのころCANONの5Dが発売されて、それを使うようになりました。
―デジタルへの転換はスムーズでしたか?
フィルムで撮影していたころはそれが唯一の方法でしたから、あまり不便さを感じていませんでした。ただ、デジタルに移行すると、たくさんの枚数を撮影できるようになったり、色を早く簡単に調整することができるようになりました。それは写真のあり方を変えましたね。
―コマーシャル・フォトグラフィーにも影響を与えたと思いますか?
もちろんです。クオリティの高い写真をたくさん容易に撮ることができるようになったことで、カメラの経験がない人たちもフォトグラファーになれる時代がやってきました。それまでは技術がなかった人たちも、アイデアさえあればチャンスを掴むことができるようになったのです。
―プライベートで使っているという、もうひとつの愛機についても教えてください。
CONTAXのT2です。普段、仕事以外ではカメラを持ち歩くことはないのですが、これは旅行などスナップ写真を撮りたいときに使えるカメラです。フィルムカメラなのですが、ちゃんと写真を撮ってくれます。レンズも素晴らしいし、なによりトレンディ(笑)。東京が素晴らしいところは、こういったヴィンテージカメラが容易に手に入るところです。これは1990年代のものですが、ユーズドカメラショップに行けば、たいていどんなカメラも見つかります。
―ポートレイトとファッションの撮影だと、アプローチの方法は異なりますか?
最近はポートレイトもファッションも、あんまり境目がなくなってきていると思うようになりました。ファッションは抽象的ではなくなり、よりパーソナリティ=個性が求められるようになりました。モデルも昔は単なるファッション・モデルでしたが、いまは個性のあるユニークなモデルが求められています。とくにここ5~10年くらいで、美しいだけでのモデルは退屈になり、もっとコネクトできる(接点を感じられる)モデルが望まれているように思います。
―10年ほど前にマチェイさんが、「どうして日本の雑誌はアジアのファッション・モデルを起用しないのか」といわれていたことがすごく印象的でした。
興味深かったのは、日本の雑誌に東京のストリートに実際にいるような人たちが出ていなかったことでした。雑誌は社会の広く多様な在りようを映し出すべきで、東ヨーロッパの女の子を美の基準にして非現実的な幻想を作り出すべきではありません。
日本の雑誌なのだから、日本人のモデルが海外ブランドの服をどう着こなすのかがおもしろいところで、キャンペーンやランウェイで既に見たルックをそのまま繰り返し見てもつまらないと思うのです。
―多くのシューティングをしてらっしゃいますが、いままでの仕事を代表する3つの写真を選ぶとしたらどれでしょう?
うーん、たくさんあるので難しいですが、1枚目は、京都で撮影した『GQ JAPAN』のファッションストーリーですね。ずいぶん昔の写真ではありますが、いま見てもドラマティックでシネマティック、ストーリーをかきたてられます。
2枚目は、『ローリング・ストーン』の連載「煙たい男たち」です。毎月、煙草をくゆらせる個性が強い男を撮影しました。最初は1回限りの予定でしたが、好評で2、3年間続きましたね。
3枚目は、『GQ JAPAN』のMEN OF THE YEARのシリーズです。その年にもっとも活躍をした人たちを称える特集企画です。通常のインタヴューページには普通のポートレイト写真を撮影することが多いですが、この企画ではできるだけ桁違いのスケール感でありきたいでないものを作るというコンセプトでした。
『GQ JAPAN』毎年恒例のその年活躍した男性を表彰するMEN OF THE YEARシリーズ。
―エディトリアル・コマーシャルワークのほかに、パーソナル・プロジェクトはありますか?
昨年の緊急事態宣言のタイミングで、ペインティングやヌード・フォトグラフィーをはじめました。2カ月間すべてが閉まり、自分と向き合う時間ができました。自分がやっているものには意味があるのか、写真は必要なものなのか、といった問いへの答えを自分なりに考える時間となりました。そんななかでいままでとは違うことに挑戦したのです。
―その答えは見つかりましたか?
いいえ。でもひとつわかったことがあります。僕たちはお互いに近づきたい、より近くに感じていたいと思っているのだと。写真は身体的な距離を縮めてはくれませんが、愛するものや大切なものを身近な存在であると感じさせてくれます。人と会うことができず、コンサートやイベントもないときに、写真はそういった重要な役割を果たしていると思うのです。
マチェイ・クーチャ|Maciej Kucia
ポーランド・ヴロツワフ出身。2000年ファッション・フォトグラファーとして独立。 2008年、東京にベースを移し、フリーランス・フォトグラファーとして活動し始める。 2012年 AVGVSTに所属。現在東京、上海、シンガポールをベースにファッション、 広告を中心に活動中。また映像やアートディレクションも手掛ける。