25 November 2021

濱田祐史
“使うカメラは「直感」と「ご縁」”

私と愛機 vol.15~旬のフォトグラファーとカメラの関係~

25 November 2021

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濱田祐史“使うカメラは「直感」と「ご縁」” | 濱田祐史

写真における光や色の原理を用いてユニークな技法で表現するなど、国内外で作品を発表している写真家・濱田祐史。さまざまなカメラを作品に合わせて使い分け、制作している。プリントの仕上がりを想像しながらカメラとレンズを決めるという濱田。いままで発表した作品と使用したカメラから、彼の創作の循環のプロセスを紐解く。

撮影=鈴木孝彰
文=高田剛豪

―まず、濱田さんが写真を撮るようになったきっかけを教えてください。

17歳の高校2年生のときに両親の部屋のタンスの上に埃をかぶった古びたカメラがありました。それがキャノンのFTbというカメラで、普及機で高いカメラじゃないんですけど、「これ使ってええか?」って親父に聞いたら、「そんなんもう誰も使わんからあげるわ」といわれて、古いレザーケースを捨てて剥き出しにし、近所の写真屋さんでフィルムを買って撮り始めました。

―当時はどのような写真を撮っていたのですか?

濱田祐史


街の風景や友人のポートレイトなどを撮っていました。

―その後、日大芸術学部写真学科に進まれるわけですが、このときにはもう写真が自分の進む道だと思っていたんですか?

そうですね。高校生のときは映像関係の仕事をしたいと思っていたんですけど、それが僕にとって写真なのか映画なのかわかりませんでした。でも大学に入学すると、写真にのめり込んでいきました。

作品は基本的に一人でマイペースに制作できるし、カメラやレンズ、フィルムと印画紙などの組み合わせで質感が変わるので楽しくて。写真は自分に合っていたと思います。

―2013年に発表された『Photograph』は若い頃から制作を開始されていますね。

2005年とか2006年。25歳くらいのときから撮り始めました。学生の時からたくさん作品を制作してきましたが、この作品を制作したときあたりから自分がやるべきものに向かっていく姿勢を明確に持ち始めていました。

『Photograph』

『Photograph』

―『Photograph』は具体的にどのような作品なのでしょうか?

写真はまず原則として光を必要とします。その光自体を具体的に用いた作品を制作するにあたり、最初はレンズの逆光効果でフレアを起こしたり、フィルムのハレーションを使ったりと様々な実験をしていました。最終的に写真の機械性も活かして「そこの空間にあるはずの光そのものを能動的に可視化することで、”見えるもの”と”見えないもの”を介して何かを想像することはできないか」という問いからこの作品を制作し始めました。

最初はタイトルを「Pulsar」としていたんですけど、後になって作り手側の視点が強く感じて、小恥ずかしくなりました。そこで出版をきっかけにもっと素直なタイトルにしたいと思い、『Photograph』に変えました。「光を描く」という意味です。フォトグラフという言葉は、フォトン=光子という意味とグラフ=画という意味から成り立っていると僕は考えているからです。

―そのときはどのカメラを使用していたんでしょうか?

リンホフのマスターテヒニカという4×5の大判カメラでした。この作品は明るい日中に陽が射すであろう場所で、長時間露光しています。そのためf64のように絞り込む必要がありました。僕はその空間で黒めの服を着て踊るように発煙筒を焚いているんですけど、長時間露光の最中に黒い物質が動いていると仕上がりではその姿は写らないんです。その点において、大判カメラの穴を小さくできるという特徴を活用しました。

このように僕は作品に応じて、カメラやレンズを検証して選びます。もちろん違う作品で同じものを使うこともあります。あくまでも制作計画の中で直感的にこれが必要なカメラだと感じるまでは撮らないようにしています。

4×5のリンホフ マスターテヒニカ

4×5のリンホフ マスターテヒニカ


―『Photograph』の題材は、誰もが通ったことがありそうな日常の場所です。そういった場所を選んだ理由を教えてください。

仕事の途中で通る道とか、あそこには光があるんだろうなと思っても、実際は僕らにはしっかりとは視えない。もっと具体的に視覚化することはできないかな、という思いがあって日々過ごしていました。ここにある光と世界のどこかの光が等価値に存在していることを想像し、有名な場所や個性的な場所ではなく自分にとっての何てことはない日常を撮影しようと思いました。

濱田祐史


―光というのは、濱田さんがよくテーマに選ばれる題材ですね。2015年に発表した『C/M/Y』は色の原理を掘り下げた作品ですが、こちらはどう発想したのでしょうか?

確かに要素として光はいつも重要ですが、あくまでもそれ自体がテーマというわけではないです。むしろその先にあることがテーマかなと思っています。「C/M/Y」は印刷における色の三原色、「R G B」は光の三原色、「 K 」はわれわれが認識している記憶の色をテーマにしています。また2020年にはデジタル写真のプリントの色を採集した「Color Collection」という作品も発表しました。

「Color Collection」展示風景

「Color Collection」展示風景

C/M/Yの制作のきっかけは、ポラロイド社のPogoというおもちゃみたいなプリンターがあるんですが、この感熱紙が水につけると物理的にレイヤーがはがれるということを偶然見たことです。3色一気にはがすという技術はポラロイドトランスファーといって昔から特殊技術としてあったんですが、Pogoでもできることを知って試してみたんです。でもその途中でうっかり寝てしまった。ぱっと朝起きたら、シアンのレイヤーだけが水の上に浮かんでいたんです。皮膚のように薄く直ぐ破れるので、なんとも異様な光景に一種の恐れさえ感じました。と同時に、いままで平面と思っていたものが空間に解き放たれ、支持体から出てきた光景を目にし、「これだ」と思いました。これを作品の技法として用いたいと。この経験は平面としてだけではなく空間や物質としてのあり方までが僕にとっては作品なのだと気づくきっかけになりました。

最初に行ったのは、100年くらい前の滝の古写真と自分の写真を混ぜてみたこと。滝のイメージと自分の写真を物理的に重ねて、A足すBはCみたいな。生まれてきたCは偶然破れたり空気が入ったりしながらその重なりによって、AでもBでもない新たな色とかたちとなって立ち現れる。

制作を続けている最中に友人の紹介でアムステルダムのFw: Booksという出版社にコンタクトする機会があり、いつか一緒に本を作りたいと思っていたことを伝えました。最初は違うシリーズでの出版を提案したのですが、「君の『C/M/Y』という作品に興味があるから、それを使ってコラボレーションをしよう」と。

複数回印刷することで制作された写真集『C/M/Y』

複数回印刷することで制作された写真集『C/M/Y』


それでできあがったのがこの本です。オフセット印刷で同じ紙を印刷機に3回通していて、網点が重なってルーペでも見えません。オリジナルの作品では異なるいくつかの写真を重ねたと言いましたが、そのオリジナル作品を出版の際は元データとして扱い、印刷でもまた同じようなことをしたんです。例えば、シアンの紙の上に1のイメージのマゼンタとイエローを刷って、2のイメージのシアンを刷る。そうすると、それまでそこになかったイメージが新たにまた浮かび上がる。例えば、黄色の紙にマゼンタをのせたら我々の目には赤っぽく見えます。同じように、黄色の紙にシアンを刷ると緑に見えます。さらには人によって赤、青、黄の感じ方も違う。当たり前のことかもしれないけど、その感覚を写真集としても落とし込むことができて面白い本になったと思います。

制作者もやってみないとどうなるかわからない。これはC/M/Yシリーズでの共通の発見で、より思い込みでものごとを判断しないように心がけるようになりました。この写真集は写真作品の記録用の本ではなく印刷を用いた視覚の色遊びの写真集として2015年に発売されました。

僕の作品はそのような「なぜ?」から始まります。

濱田祐史


―これはどのような機材を使って制作されたのですか?

主にデジカメとスキャナー、そしてiPhoneで撮影しました。iPhoneは動画の切り出しを使ったりもしました。あとは、ピクセル拡大したものや4×5カメラで撮ったフィルムをネガスキャンして入れたりなど、地味にいろんなことをやっています。写真集には8枚しか使っていないですが、実際の作品数は結構たくさんあります。


カメラとレンズは包丁とまな板みたいな関係

―2019年発表の『Primal Mountain』について教えてください。

東日本大震災のときに何が起きているか、何を信じたらいいのかわからないって感覚があって。この時代の気分を抽出して写真作品に残したいと思いました。

そんなあるとき、ある山のポストカードを見る機会があって、それがすごい嘘っぽく見えたんです。また、ほぼ同時期にキッチンでタバコを吸っていたら、横にクシャってアルミホイルが転がっていたんです。どんよりとしたなかにアルミホイルがあってその陰影と稜線が山みたいに見えたんです。脳のなかに山のイメージが立ち上がってきて、枯山水みたいだなと思ったんです。

『Primal Mountain』

『Primal Mountain』

それからビルの屋上に行って三脚を立てて、すぐに撮影を始めました。撮るものが決まったら、じゃあそれを撮るにはパッとクローズアップで撮れるカメラがいいな、と考えたわけです。直ぐにマミヤのRZプロ2が思い浮かびました。

これも縁のあるカメラで、写真学科の同級生Aが、「もう俺は映像の方にいくからこれをお前に託す」といってカメラ、レンズ3本とマガジン4個、4×5のフォルダー30個くらいをポンとくれました。そうしてもらったカメラだったんですが、ずっと制作では使っていませんでした。そのとき「このためにもらったんだな」と思いました。

友人から譲り受けたマミヤ RZプロ2

友人から譲り受けたマミヤ RZプロ2


―それまで中判のマミヤは使っていなかったんですか?

使ったことはありました。それまでマミヤのレンズってクセがなくて面白いけど使い所がわからずでした。この作品を制作する上で求めていた画質は、見え過ぎてシャープネスが高すぎてもダメだし、低すぎてもダメでした。そして何より蛇腹がせり出せてクローズアップが簡単に撮影できることからRZが『Primal Mountain』の制作には丁度よかったのです。

―この2年前の『Broken Chord』(2017年)はモノクロでまた違った趣向の作品ですね。

これはポーランドのTIFFフォトフェスティバルの招待でヴロツワフという街に1カ月半、アーティスト・イン・レジデンスをした時に制作しました。主催者と話し合って僕の意向を理解してもらい、現場の空気を吸ってすべて現地調達したもので制作し、展覧会までして帰るというプロジェクトになりました。

『Broken Chord』

『Broken Chord』


ヴロツワフは戦場になった街でした。ドイツ軍がポーランドを侵攻したこともあり所々にその痕跡がありました。また過去にはチェコ領やドイツ領だったりした場所でもありました。そのため街の壁も何回も塗り替えられていて、例えばドイツ式のブリックを塗りかためてロシアっぽくしていたり街自体を見ていていくつものテイストが混じり合っている様子が興味深かったのです。その混ざり合った「違和感」自体を作品にしたいと思ってできたのが『Broken Chord』です。ストレートに違和感を感じて撮影した写真に加えて、暗室で数台の引き伸ばし機を使ってダブルイメージやトリプルイメージを1枚の写真にしたものを混ぜて構成しました。

使ったカメラはローライ35。同じ時期に近くのドイツのミュンヘンで展覧会があったので、その時に買ったカメラです。とても小さいカメラで携帯しやすく、いまでは東京の風景もこれで撮っています。

ローライ35。最近最もよく使用しているという

ローライ35。最近最もよく使用しているという

ローライ35。最近最もよく使用しているという

ローライ35。最近最もよく使用しているという


今日はもう1個、思い出のカメラを持ってきました。コンタックスのST です。僕が大学に入ったときに親に買ってもらったカメラです。役割を終えて壊れていたんですけど、昔カメラの修理工だった僕の義理の兄が「これは大事なカメラなんじゃない?」といって親父が亡くなる間際くらいに修理して渡してくれたんです。なんだか嬉しくて使おうとしたけど、久しぶりに覗くとレンズのフィーリングも合わないし、使いどきはいまじゃないなと思いました。

義兄が修理してくれたというコンタックスST

義兄が修理してくれたというコンタックスST


―先程カメラは縁と仰っていましたが、タイミングと機会が合えば、使う可能性も出てきますよね。

あくまでも作品が主体で、どういうものをどういう質感で作りたいかでカメラとレンズを決めているので、タイミングが来たら使うことがあるかもしれません。

カメラとレンズの関係って、料理人の包丁とまな板みたいなものだと思います。この包丁ならこのまな板がいいとか。これ切るんだったら中華包丁がいいとか。むりやり中華包丁で切りつける人がいてもいいし、まな板なしでも包丁って使える。やはり自分が何を選んで、どう楽しむかを大事にすることだと思いました。

そんな風に、作品はカメラやレンズの組み合わせをはじめ、たくさんの出会いから生まれているように思います。

濱田祐史

濱田祐史|Yuji Hamada
1979年大阪府生まれ。2003年、日本大学芸術学部写真学科卒業。東京を拠点に活動し国内外で作品を発表。写真の原理に基づき概念を構築し、ユニークな技法で常に新しい試みを行っている。主な個展に『 K 』『R G B』『C/M/Y』(PGI、東京)、『photograph』『Primal Mountain』(GALERIE f5,6、ミュンヘン) がある。主な写真集に、『C/M/Y』(Fw:Books、2015)、『BRANCH』(lemon books、2015)、『Primal Mountain』(torch press、2019)など。

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