私物の写真集のなかから3冊を選書してもらい、設定したテーマやセレクトした1冊ごとの魅力について本人に話を聞く連載企画「My Favorite Photobooks」。第4回は、モデルを軸に、エッセイをはじめとする執筆業、またあらゆる表現者たちとの協働にも意欲的な小谷実由を訪ねた。多彩な活動を繰り広げる彼女の原動力は、「好き」という直感的な気持ち。日々の生活でも仕事をするうえでも、「自分がそれを好きかどうか」を大事にしているという。その小谷が、愛してやまない写真集とはどのようなものだろう。多種多様な3冊を順に見せてもらううちに、そこに一本の筋が通っているのがわかった。
文=錦多希子
写真=猪飼ひより
テーマ:こよなく愛する「好き」がつまった写真集
小谷の夫である島田大介は映像作家/写真家として活躍しており、また趣味でも写真を撮っているため、多くの写真集を所有しているという。いろんな写真集を見ることができる環境にあったこともあり、それらは彼女にとっても身近な存在だった。次第に展覧会へ足を運ぶようになり、やがて自分の好きな写真家や、欲しい写真集との出逢いを重ねていった。今回の写真集は、普段から大事にしている「好き」という気持ちを基準に選んだ。ジョエル・マイロウィッツが世界中で花のあるさまざまな情景をとらえた『Wild Flowers』、荒木経惟が妻、そして愛猫との暮らしで撮り続けてきた『愛しのチロ』、齋藤圭吾がレコード針とレコード盤の溝のディテールを写したマニアックな『針と溝 stylus&groove』。この3冊を思い浮かべた順に紹介してもらった。
「これが一番好きな写真集です」といって見せてくれたこの本は、2年ほど前に友人宅で見て以来すっかり心奪われ、探し回ってようやく手元に迎え入れた。いつでも見られるように、ベッドの上にある本棚に飾っている。生花を飾るだけでなく、写真を撮ることも大好きだという小谷は、マイロウィッツの作品に写った花を純粋に愛でることに加えて、写真の中に潜むお花や花柄を見つけ出すことも楽しんでいる。それは自身が街中や旅先で花のモチーフを見つけては撮るという習慣とも重なるようだ。「国によって色合いや種類が違うのもいいですよね。旅をしている気分にもなります」。先の自粛期間中は、チューリップの鉢植えを育てて毎日撮影していた小谷。日々変化する様子に、花を撮ることの喜びを確信したという。「好き」という気持ちが跳ね返って、深みが増す。すると心持ちが穏やかになり、自分と向き合える。「いろいろな考えや経験を重ねるうちに、だんだんと気持ちが不透明になっていってしまうようなとき、一回ストップをかけて、ちゃんと原点に戻らせてくれる写真集です。自分の気持ちをクリアにするためにとても大切な作業ですね」。
タイトル | 『Wild Flowers』 |
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出版社 | Little, Brown |
発行年 | 1983年 |
仕様 | ハードカバー |
無類の猫好きである小谷が絶賛するのが、荒木経惟の愛猫・チロの写真集だ。「花と同じくらい猫の写真も撮るけれど、思い通りにいかない。けれど荒木さんの写真は、巨匠なので当然ですが、ほんとうにいい瞬間がとらえられています。いつもカメラを持っていることがわかり、そうした撮影と隣り合わせの生活が垣間見えて、写真集としても楽しいですね」。そんな荒木とチロの関係性を「猫と住んでいる人間との関係における理想形」だといい表す。「通じ合っていて、とにかくチロがかわいくてあったかい気持ちになるけれど、なんだか切なくなるんですよね。心をぎゅっとつかまれてしまう。それはたぶん、このあと妻の陽子さんが亡くなってしまうから。彼らの人生はほんとうにドラマチックですよね。結末を知っているからこそ、何ともいえない哀しい気持ちになってしまう。写真集の中の荒木さんの文章も、素直に気持ちを吐露していてリアルに伝わってきます。彼らとの唯一の共通点は猫を飼っていることですが、だからこそ感情が引き込まれてしまうのです」。
タイトル | 『愛しのチロ』 |
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出版社 | 平凡社 |
発行年 | 1990年 |
仕様 | ハードカバー |
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オブジェとしてその存在に惹かれるものを集め、それを並べて眺めることが好きだと嬉しそうに語る小谷。なかでもレコードは、音質というよりはジャケットのサイズ感が好きで、自宅にも飾っている。「この作品を最初に観たときは、ゾワゾワっと鳥肌が立ちました。接写した表面を見ながら、これはどんな曲だろうと想像を膨らませてみていくうちに、自分の好きなレコード盤はどうなっているのか見てみたいなって。それに針だけを見て『きれいだな』と思えることは贅沢な体験です。曲を聴くのとは違う角度から、その曲のことを知ることができるかもしれない。新しい見方を感じさせてくれる、刺激が強い写真集です」。とはいえ、レコードを聴いたり集めたりすることと、この写真集で針を見ることはまた別の行為だという。「自分がレコードを聴くためではなく、針は鑑賞するだけがいいかな。好奇心を掻き立てられていろんな針を見ているうちに、視覚的な好みが生まれる。それって純粋な“好き”という気持ちだと思うんです。感覚的に同じものを見続けた先で、どのように自身の気持ちの変化や感覚の成長があるのか。とても楽しみです」。
タイトル | 『針と溝 stylus&groove』 |
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出版社 | 本の雑誌社 |
発行年 | 2018年 |
仕様 | ソフトカバー |
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小谷実由|Miyu Otani
ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。一方で、さまざまな作家やクリエイターたちとの企画にも取り組む。昭和と純喫茶と猫をこよなく愛する。愛称は“おみゆ”。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。