スウェーデンを拠点とする写真ユニット、インカ&ニクラスの手にかかると、誰もが目にする自然風景が、マジカルで神聖な瞬間へと変換される。現在開催中の浅間国際写真フェスティバルでは、「4K ULTRA HD」を含む計6シリーズを、プロジェクターを使って展示している。粉末を空中に放り投げたり、拾った小枝でインスタレーションを作ったり、ライティングで被写体の岩石に色彩を与えて撮影したりと、そのプロセスもユニークだ。本展のために来日した二人に、近年取り組んでいるシリーズの裏側を聞いた。
文=深井佐和子
写真=清水はるみ
―以前日本で開催されたIMA galleryでのグループ展「Photography Now!」(2014年)ではプリントを展示し、今回はプロジェクターでの展示ですね。2018年にドイツのギャラリーで開催されたお二人の個展「4K ULTRA HD」の様子を拝見していたところ、これまで以上に写真以外にもオブジェがたくさん展示されているのが印象的でした。石にプリントを貼り付けたものがたくさんありましたね。
ニクラス:あのオブジェはフィルムに写真を印刷して、それで石をラッピングして作ったものなんです。石を覆っているイメージはすべて、展示のメインの作品であるヤシの木の写真から一部分を抽出したものになります。
Inka and Niclas “4K ULTRA HD” AT DOROTHÉE NILSSON GALLERY
―イメージを抽出化してオブジェ化するという意図は、「イメージの体験」を提案する意味があるのでしょうか?今回の出品作のひとつ「4K ULTRA HD」でも、そのタイトル(イメージを“実物通り”に映し出す高画質の液晶画面を指す)が示すように、現代のイメージ体験に対して批評的な姿勢が感じられます。例えば現実をモニターが「実物通りに映す」ことは不可能なわけですが、それをアイロニカルに引用しているのでしょうか?
ニクラス:そうですね、写真というメディアへの問いかけは、僕たちの作家活動の出発点であり、今でも核となっている部分ですね。
インカ:初期のプロジェクトでは、さまざまな観光地を旅しながら、どのように人が自然を体験しているかに注目していました。人間が自然を「経験」すること、移動に対する欲望、そして自然に対する人間の「期待」に着目することが自分たちの興味だったし、いまでもその部分は変わりません。
ニクラス:例えば初期の頃にサファリに撮影旅行に出かけたときのこと。木の陰から恐竜が本当に出てくるのではないかと一瞬思ってから、そんなことはあり得ないと我に帰りました。つまり我々の中でサファリと恐竜は、イメージとしてセットでインプットされており、ピラミッドもオーロラも、現実には見たことがなくても、単語を聞いただけですぐに頭に像が浮かんでしまう。かつ、あらゆるイメージは「完璧さ」を目指して、ますます解像度が高くなって、余白もないし、不明瞭な部分がない。そのようなイメージの経験が、私たちの世界観に大きな影響を与えています。
インカ:グランドキャニオンや南の島の日没の風景など、流通され消費されていくイメージの場を実際に訪れた人間の行動は、「写真より地味だな」と思ったり、証拠を押さえるようにセルフィーを撮ったりしていて、興味深いです。いまや、人は何かを確かめるように写真を撮っているんですよね。
―我々はいまのメディア環境に疲弊しているともいえるし、脳のキャパシティを日々拡張しながらイメージを消化する能力を発展させているともいえます。その過程で、ある単語とそれを表す商業的なイメージはセットになって機能しているんですね。
インカ:「自然の美」のように、豊かな多様性を持つ言葉の意味は狭められてきているとも言えます。実際に美しい自然を見たときに「見たことがある」「見慣れた風景だ」と思うなど、過去に存在しなかった感覚が生まれてきているのも、現代の社会ですよね。
―2000年代生まれは、イメージの体験が現実の一部だと素直に感じることのできる世代だといえるのでしょう。
ニクラス:僕たちが写真は複製芸術だと知っている最後の世代かもしれない。興味深いですよね。
―ご夫婦でそのコンセプトはどのように共有しているのでしょうか?
インカ:とにかく良くブレストし、話し合うようにしています。アイデアに固執しがちなのは私で、別の視点を持ち込むのが彼だったり、そういえば昔話していたあのアイデアだけど……と後から考えが形になったり、とても有機的にコンセプトを具体化していきます。実際の撮影は、旅しながら行うことが多いのですが、テクニカルな部分はニクラスが行って、ポストプロダクションは私(インカ)が行うことが多いですね。
―お二人自身の自然との関係性について聞かせてください。北欧に育つ上で自然とどのように向き合ってきたのでしょう?
インカ:私は首都のストックホルムに育ちましたが、祖父はフィンランドの北部に住んでいたし、週末には田舎に行ったりと、豊かな自然体験を持っていると思います。スウェーデン人にとって、森や木はとても重要なもの。妖精の存在は幼い頃から信じているし、森の神様についての神話や物語も多いんです。
ニクラス:また、スウェーデンでは自然は誰かの所有物ではなく国民全員のもの、共有されている(shared)という考えが一般的で、ハイキングもどこでもできるんです。厳しい寒さもあって、自然はワイルドなものだという意識は常にありますが、共存しているという意識が強いかもしれないですね。
―だからこそ、自然と向き合う人間の振る舞いや姿には、お二人ならではの視点をお持ちなんですね。
インカ:そうかもしれないです。でも実はこれまで世界中を旅しながら撮影してきたのは国外の風景ばかりで、スウェーデンの自然を撮影し始めたのは最近なんです。家族が増えたし、環境問題など向き合うべきテーマもあって、いまそれが一番自分達にとって新しいこと、夢中になっていることですね。
タイトル | |
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会期 | 2019年9月14日(土)~11月10日(日) |
会場 | 御代田写真美術館予定地|MMoP (旧メルシャン軽井沢美術館)周辺エリア(長野県) |
時間 | 10:00~17:00(最終入場は閉場の30分前まで) |
入場料 | 【一般(当日)】1,500円(現地販売のみ)【中学生以下】無料 |
URL |
インカ&ニクラス|Inka & Niclas
ストックホルムを拠点とするインカ・リンダガードとニクラス・ホルムストロームによるユニット。風景写真を通して自然の新たな見せ方を探求しながら、世界各地を旅している。主な作品集に『The Belt of Venus and the Shadow of the Earth』(Kerber Verlag)がある。近年は写真のほか、立体作品も手がける。
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2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。