Talking Photography

ホンマタカシ対談連載 写真について話そう vol.10 伊藤貴弘(東京都写真美術館学芸員)
写真を語るための文脈を探して

撮影:木奥恵三

撮影:木奥恵三

ホンマタカシがゲストとの対話を通して、今日の写真について考察する連載第10回。今回のゲストは、東京都写真美術館「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15」などを企画し、若き感性で日本写真における新しい文脈を確立しようと挑戦する学芸員・伊藤貴弘。写真を語るために必要な文脈を、いかに言語化していくか?90年代の日本写真と現在とを見つめながら、これらの写真を考える。

構成・文=IMA(IMA vol.26 Winter vol.26より転載)

ホンマタカシ(以下、ホンマ):まず、伊藤さんの写真との出会いについて聞きましょう。

伊藤貴弘(以下、伊藤):写真との出会いは、高校生だった2001年頃のヴォルフガング・ティルマンスです。ティルマンスが撮っていたエイフェックス・ツインら、アーティストたちのポートレイトが印象に残っていて、写真に興味を持つようになっていきました。その後、知り合いに広告や雑誌のカメラマンの人がいて、アルバイトをしたこともきっかけになっていますね。

ホンマ:何年生まれですか?

伊藤:1986年生まれです。

ホンマ:伊藤さんが東京都写真美術館に入って手がけたコレクション展「いま、ここにいる ― 平成をスクロールする 春期」(2017年)を見ました。

伊藤:その展覧会で紹介された作品は、それまで東京都写真美術館で収蔵していませんでした。自分が美術館に入って、展覧会の企画をある程度任されるようになって、いまがタイミングだと思ったんです。3人の学芸員で、3部作で企画した展示ですが、これまでのコレクションでは足りない部分を休館中に新しく収蔵していきました。

「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」
2017年に東京都写真美術館で3期にわたって開催されたコレクション展「平成をスクロールする」の第一弾。佐内正史、ホンマタカシ、高橋恭司、今井智己、松江泰治、安村崇、花代、野村佐紀子、笹岡啓子らの作品が展示された。その中には90年代の雑誌カルチャーとの関係性が深い写真家たちも選ばれている。展覧会に向けて収集された新規収蔵作品を中心に構成された。

ホンマ:それはティルマンスの流れで、90年代の日本の雑誌カルチャーに興味を持ったことが大きいんですね。

伊藤:そうですね。当時『スタジオボイス』などのカルチャー系の雑誌がたくさんあって、そこで写真集や作品を知っていきました。雑誌から写真に触れていったギリギリ最後の世代だと思います。下の世代になると、SNSなどネットで断片的に写真を見ている印象があります。

ホンマ:前回対談したSFMoMAのサンドラ・フィリップスさんら、日本写真に造詣の深い海外のキュレーターから見ると、日本の90年代の雑誌文化は、まだ歴史に残るかが曖昧な部分があるかもしれません。

伊藤:そこを残したいと思っているんですよね。日本の写真文化は、60~70年代には山岸章二さんなどカメラ雑誌の名物編集者がいて、多くの写真家が世に出ていった。90年代でも写真専門ではなくても同じような働きをしてきた編集者はいたと思うのですが、そのあたりが置き去りになっている。「平成をスクロールする」展の自分が担当したパートでは、そこを考える、せめてもの土台を作りたいという思いがあったんです。でも下の世代は、本当に感覚が違いますよね。

ホンマ:いや、伊藤さんも十分若いんだけど(笑)。

伊藤:20代前半の人たちと話すとデジタルネイティブだし、写真といってもフィルムを知らない世代で、前提が共有できない。東京都写真美術館でも、これからもっと若い人たちに来てらうために、どういったアプローチをしていったらいいかを模索中です。

ホンマ:伊藤さんはメディアと90年代の写真の重要性を話してくれたけど、写真史全体で見ると、結果的に残るのは「ガーリーフォト」しかないんじゃないかって思う。いまAperture財団の編集者レスリー・マーティンがガーリーフォトについての本を制作中で、歴史化しようとしている。日本の90年代のカルチャー雑誌って、僕もメインでやっていたけど、文脈に乗せづらいよね。長島有里枝さんとか石内都さんなどの女性写真家は文脈が明確にあるのに比べて、例えば僕は昔から好きで推している佐内正史の写真などは、海外の人たちにどう文脈付けるかがすごく難しいよね。

伊藤:サンドラさんは長島さんの作品に関心を持ってくれていましたね。個展「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(2017年)に関しては、ご本人の考えを第一に、こちらの提案もある程度組み合わさった回顧展として展覧会が実現できて、なおかつ展覧会のテーマ性が社会とリンクできてよかったと思います。というのも、例えば同じくらいの時期に出てきていた川内倫子さんらと比べると、長島さんはまだきちんと評価されてきていないと感じていました。展覧会の準備は大変でしたが、写真自体をどう語るかの問題については、「平成をスクロールする」展の方が直面しましたね。リニューアルオープンで外国からのお客さんも増えていて、説明の仕方が難しかったです。

ホンマ:美術館で展示するためには、雑誌とかのメディアと切り離して、プリントで見せることになる。その難しさもあるのかなって。

伊藤:本来のメディアと接続した形で見せるとバックグラウンドがよくわかるし、つながりも見えてくると思うんですけど、コレクション展という枠組みで何ができるかを考えました。

《Self-Portrait (Brother #34)》1993年  ゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

展覧会図録『長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。』 (東京都写真美術館、2017)

「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」
昨年、伊藤が手がけた東京都写真美術館で開催された長島の初回顧展。初期の代表作から最新作に至るまで、デビューから一貫した「家族」や「女性」といったテーマを展示全体で問いかけた。「長島さんと同世代の女性のキュレーターが手がけていると思っていた人が多くて、自分がやっているのが意外だという反応がありました。当事者性ということを繰り返し考えましたが、その迷いや試行錯誤が展覧会を準備するにあたって大切な作業だったと思います」

ホンマ:ティルマンスが画期的だったのは、初期の頃、ホワイトキューブの中に、雑誌の色校正もオリジナルプリントと同じように並列で展示していたことだよね。

伊藤:そうですね。自分が影響を受けたという点では、この横浜美術館の「現代の写真」展シリーズ は、実際に展示は見ていないんですけど、図録を見返すことが多いです。写真の見方でいうと、大学で倉石信乃さんに教わったので、倉石さんの影響は大きいですね。授業で中平卓馬の『なぜ、植物図鑑か』を精読したりしていました。一番影響を受けた写真家を聞かれたら、ティルマンスと中平卓馬と答えますね。

『現代の写真Ⅰ 失われた風景-幻想と現実の境界』(横浜美術館、1997)

『現代の写真Ⅱ 反記憶』(横浜美術館、2000)

『現代の写真Ⅲ ノンセクト・ラディカル』(横浜美術館、2004

「現代の写真」展シリーズ
横浜美術館で開催されていた現代写真展のシリーズ。当時の学芸員である天野太郎と倉石信乃らが企画を手がけた3部作。1997年に開催された「現代の写真Ⅰ 失われた風景――幻想と現実の境界」ではラリー・クラーク、ヴォルフガング・ティルマンス、ルイス・ボルツ、アンドレアス・グルスキー、金村修など国内外の16名が参加。2000年の「現代の写真Ⅱ 反記憶」ではダグ・エイケンや清野賀子が、2004年の「現代の写真Ⅲ ノンセクト・ラディカル」ではアンリ・サラ、奈良美智、高嶺格、米田知子らが参加した。

ホンマ:横浜美術館の方が、文脈をつけて写真を語っているのかな。

伊藤:一概にはいえませんが、この図録からはその心意気みたいなものが伝わってきますよね。展覧会の図録の価値というのは、そういう部分なんだろうなって。だから、学芸員が何を考えて展覧会を企画したかを、きちんとたどれるものとして作りたいですね。

ホンマ:そういう意味で、長島さんの展示はいまの段階でのレトロスペクティブになったんだ。僕はもっと新作が見たかったなと思いました。

伊藤:長島さんとしては、もっと新作を出したいという気持ちもあったかもしれません。ただ、写真集はほとんど絶版になっているし見る機会がない中で、自分はレトロスペクティブの展示と図録という形で、改めて見てもらう場が大事だと思ったんです。あと、新作をもっと出すには、スペース的に足りないので。

ホンマ:図録としてはちゃんと残るから、将来のことを考えるとよかったのかもね。僕は長島さんを近くで知っているから、一部屋を新作だけにしてもいいのにな、って。結局、どの視点で見るかだよね。5年後にカタログを見たときには、こっちでよかったって思うかもしれないし。

伊藤:自分は、きちんといままでの作品を見せたい気持ちが強かったんですよね。だからいまはこの形でよかったと思うんですけど、時間が経ってみないとわからない部分もありますよね。

ホンマ:ぜんぶ新作でやりたいって思う日本人って、結構いると思うけど、ラディカルだよね。海外の作家だったら、普通に過去作品を出すと思う。

伊藤:新作って評価が定まってないから、出すのは勇気がいることですもんね。ホンマさんの個展「New Documentary」のときはどうだったんですか?

ホンマ:僕は完全に新作だけで、「東京郊外」とかは出さなかった。美術館の性格もあるよね。会場が金沢21世紀美術館などの現代美術館だったから、写真展という感覚からなるだけ離れようと思った。

伊藤:逆に伺いたいのですが、東京都写真美術館って、やっぱり写真の美術館なんでしょうか?

ホンマ:いままでやってきたことを踏まえて、デフォルトでそうとらえられているんじゃないかな。逆に、そこで写真が何かを考えさせたら面白いのかなって。

伊藤:海外の作家の中には写真の美術館という枠組みを強く意識する人もいて、そういう反応も確かにあるんだろうなと思います。

ホンマ:日本と欧米における、写真家とアーティストに対する考え方の違いでもあるよね。日本人写真家の中には、自分はアーティストじゃなくて写真家だっていう人もまだまだ多い。海外だと、杉本博司さんもそうだけど、自分のことを写真家とはいわない。そういうふうに考えると、かえって特殊な美術館になるんじゃないのかな?


12月に、伊藤さんが企画したグループ展「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15」 が始まりますね。 細倉真弓さんは「川崎」 の写真を出すんですか?

伊藤:そうです。細倉さんには、「川崎」シリーズありきでオファーを出したんですよね。ご本人としても意外だったと思いますが、いままでと違うことを細倉さんがやっているのが、まず面白かった。ただ、群馬の前橋で実際に起きた売春事件をきっかけにフェイクドキュメンタリーのようなアプローチで写真集を構成した「Crystal Love Starlight」の延長線上に、「川崎」のアプローチがある感じがして。あとドキュメンタリー的な視点で、かつ作家性の出ている作品が、個人的に好きなんですよね。

森栄喜〈Family Regained〉より 2017年 発色現像方式印画 作家蔵

河合智子《On the Origin of Springs/泉の起源について》 2018年 シングルチャンネル・ヴィデオ 作家蔵

「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15」
東京都写真美術館が年1回開催する日本の新進作家を紹介するグループ展。伊藤が企画を手がけるvol.15では、自らの感性や考え方、アイデンティティやリアリティを手がかりに作品を制作する森栄喜、ミヤギフトシ、細倉真弓、石野郁和、河合智子の5名が参加。LGBTや経済格差、グローバル社会がもたらす弊害など、現代社会のあり方を作家の個人的なまなざしを通して問いかけ、私たちと共有し得る写真の可能性について探っていく。

ホンマ:面白い見方ですね。

伊藤:メインの被写体になっているBAD HOPというヒップホップのグループはインディペンデントに活動していて、彼らに共感している若者も多い。いまのユースカルチャーを切り取ったという視点でも興味深いし、あとは貧困や経済格差の問題、ヘイトスピーチとか、いろんな側面があるし、なおかつ細倉さんのプライベートな視点も見えている。

細倉真弓 〈川崎〉より 2016年 発色現像方式印画 作家蔵

『写真集 川崎』細倉真弓(サイゾー、2017)

細倉真弓「川崎」
ライターの磯部涼による『サイゾー』でのルポルタージュ連載「川崎」の取材に同行して撮影された写真群。BAD HOPをはじめとする川崎から生まれたラップミュージックの原点をたどりながら、川崎が抱える貧困、人種差別、ドラッグなど、そこに根付くさまざまな問題を浮き彫りにし、ぎりぎりのところで生きる若者たちの葛藤や生きざまを描き話題となった。昨年、単行本『ルポ 川崎』出版と同時期に、細倉による作品をまとめた『写真集 川崎』もリリースされた。

ホンマ:川崎の問題とかはビビッドだし、いいと思うんだけど、写真家から見たら、頼まれ写真のように見えてしまうこともあるんじゃないのかな?

伊藤:難しいですね。僕は本来の作品は隙がなさすぎるように感じて入る余地がなかったんですが、「川崎」がこれまでの作品を見返すきっかけになりました。つながりも見えたし、これはちゃんと取り上げた方がいいなと思って。

ホンマ:そういう文脈で取り上げるのは学芸員の自由だと思う。でも芸術写真と商業写真の境目に、写真の質として差が見えてしまっている。これ単体ではいい作品だと思うし、最初からこれで出てきているならいいと思うんだけど。だからいまの伊藤さんの話は逆に面白かった。写真って、どの文脈で見るかによって全然評価が変わるから。

伊藤:そうですね。石野郁和さんは今回新作を出します。新作は、メロンクリームソーダの緑色が作品の基調になっています。昨年出版した『rowing a tetrapod』の最後の方に、モノクロの風景写真があったんですけど、それがリー・フリードランダーっぽくて良くて、中間色のグレーを大事にしている。作家としての基礎体力があって、かつ視点が面白くて、写真のことをメディアとしての枠組みとか、そういうことも含めて考えている。キャリア的にも知名度的にもこれからだけど、新進作家展だから、そういう人がいてもいいかなって。年齢もふたつくらいしか違わないので、一番感覚の近さを感じますね。

《Untitled》〈Melon Cream Soda Float〉

《Untitled》〈Melon Cream Soda Float〉より 2017年 インクジェット・プリント 作家蔵

石野郁和
ロサンゼルスを拠点にし、自身のアイデンティティにまつわる作品を制作する。新進作家展で発表するのは、視覚や言語による認識の揺らぎから、社会や文化の構造が崩れて見える空間をフラットに写した新作「Melon Cream Soda Float」。「石野さんは2015年にキヤノン写真新世紀の佳作を受賞したときの記憶がありました。タンブラーでスクロールするような感覚で見る写真で、自分で撮った写真とネットからダウンロードした写真などが、四コマ漫画みたいにきれいに並べられていて。今回の新作を見てつながりました」

ホンマ:今回のラインナップの中に、石野さんがあるのは、いいかもね。

伊藤:そうですね、バランス的にも。最初に森栄喜さんとミヤギフトシさんを決めました。森さんの作品はずっと見てきたし、ティルマンスを研究していたのもあって、テーマ的につながる部分があるのと、いまを映している点で取り上げたかった。ミヤギさんに関しては「American Boyfriend」で自分のパーソナルな部分をテーマにして作り出した作品の説得力と、見せ方がうまかったので。展示タイトルを「小さいながらもたしかなこと」としていますが、個人的な視点をベースに社会との関わりを考えながら作品を作っていて、その個人的な視点が共有可能なもので、かつインパクトがあることをテーマにしています。

《Sight Seeing/感光 #24》〈Sight Seeing/感光〉

《Sight Seeing/感光 #24》〈Sight Seeing/感光〉より 2018年 ミクストメディア 作家蔵

ミヤギフトシ
沖縄やLGBTなど、自身のパーソナルな問題を、主に映像メディアを用いて物語を通して視覚化する。2012年にスタートさせたプロジェクト「American Boyfriend」では、沖縄で沖縄人男性とアメリカ人男性が恋に落ちることの関係や可能性をテーマに制作。新進作家展では、暗闇の中で長時間露光による撮影を行うポートレイトシリーズ「Sight Seeing/感光」の新作を発表。暗闇に現れる像とともに、その刹那的な時間を通して被写体との関係性を浮かび上がらせる。


そうした仕事と並行して、いまは沖縄の写真の調査を継続的に行っています。これまで沖縄の写真のコレクションがなかったんです。

ホンマ:それは意外だね。

伊藤:はい。沖縄には歴史的にも重要な写真家が多く、彼らの作品をあらためて振り返る機会を作れたらと思っています。だからいまは新進作家展の準備もしつつ、歴史的な文脈を丁寧にたどる作業もしています。そのふたつを並行して進められているのはバランスが取れる感じもあっていいですね。今年の夏は比嘉康雄さんが遺した膨大な作品を朝から晩まで暗室で見ていました。そういう地道な作業は大切だと思うし、ずっと続けていきたいなと思っています。

ホンマ:倉石さんに近づくね(笑)。

伊藤:そうですかねえ(笑)。

タイトル

「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家 vol.15 」

会期

2018年12月1日(土)~2019年1月27日(日)

会場

東京都写真美術館

時間

10:00~18:00(木金曜は20:00まで/12月28日、1月4日は10:00~18:00/1月2日、3日は11:00~18:00/入館は閉館の30分前まで)

休館日

月曜(12月24日・1月14日は開館し、12月25日・1月15日は休館)、12月29日(土)~1月1日(火)

料金

【一般】700円【学生】600円【中高生・65歳以上】500円

URL

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3098.html

ホンマタカシ対談連載 vol.10

伊藤 貴弘|Takahiro Ito
1986年、東京生まれ。武蔵野美術大学美術館・図書館を経て、2013年より東京都写真美術館に学芸員として勤務。主な企画展に「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」展「いま、ここにいる―平成をスクロールする 春期」展など。関わった主な展覧会に「山崎博 計画と偶然」展「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展などがある。

ホンマタカシ|Takashi Homma
1962年、東京都生まれ。1999年に『東京郊外』で第24回木村伊兵衛賞受賞。2011~12年、金沢21世紀美術館など国内3カ所の美術館を巡回した大規模個展「ニュー・ドキュメンタリー」展を開催。現在、東京造形大学大学院客員教授。2016年に、イギリスの出版社MACKより、カメラオブスキュラシリーズの作品集『The Narcissistic City』を刊行。