野球少年や彼らを取り巻く家族の肖像、そして夏のキャンプで見せる子どもたちの表情を繊細なタッチでとらえる、アメリカの写真家マーク・スタインメッツ。外交や内政で激動が続く昨今のアメリカとは対照的に平和な日常と、どこかノスタルジックなムードが漂う写真は、スタインメッツが20代だった1980年代後半から90年代初めに撮影された。
彼の作品は、大人になるにつれ加速してしまった時間感覚をときほぐしてくれるようだ。その感覚の源を探るべく、個展にあわせて初来日したスタンメッツに話を聞いた。
撮影=高木康行
取材・文=市川暁子
退屈な日常のなかにあった自由
――日本での初個展となりますが「Summer’s Children」をテーマにされた理由は?
マーク・スタインメッツ(以下、MS):『Summer Time』(2011年、ナツラエリプレス)という写真集があり、それをベースにしたテーマをギャラリーの方が設定してくれました。「夏と子ども」というテーマは普遍的でもあり、巷にはAIもあふれてみんながスクリーンばかり見つめているいまだからこそ、あえてアウトドアなテーマを、といった意図もあったかもしれないですね。
――野球やキャンプなど、まさに写真の中の子どもたちはアウトドアでの行動範囲を広げる季節。友情や恋も芽生え、自分たちを取り巻く世界が大きくなっていく多感な時期ですね。
MS:当時は子どもたちが屈託なく動き回っている様子に興味があり、追いかけていました。そこには友情が育まれると同時に、子どもとしての孤独や倦怠感も写し出されています。当時の子どもたちはスマートフォンを持っていなかったから、外へ出かけて友達と出会うしかなかった。退屈したら想像の世界でぼんやり物思いに耽ったりしたものだけど、いま、僕らは常に何かすることに追い立てられるようで、静かに自分に向き合う時間を持つのはなかなか難しいですよね。
――野球やキャンプなど、まさに写真の中の子どもたちはアウトドアでの行動範囲を広げる季節。友情や恋も芽生え、自分たちを取り巻く世界が大きくなっていく多感な時期ですね。
MS:当時は子どもたちが屈託なく動き回っている様子に興味があり、追いかけていました。そこには友情が育まれると同時に、子どもとしての孤独や倦怠感も写し出されています。当時の子どもたちはスマートフォンを持っていなかったから、外へ出かけて友達と出会うしかなかった。退屈したら想像の世界でぼんやり物思いに耽ったりしたものだけど、いま、僕らは常に何かすることに追い立てられるようで、静かに自分に向き合う時間を持つのはなかなか難しいですよね。
――子どもを被写体とすることについて「20代の写真家(アンリ・カルティエ=ブレッソンやヘレン・レヴィットのように)が子どもを被写体に選ぶことが多いのは、私や彼らにとって、それはすでに過去に経験した時間であり、よく知っている時間でもあるからだと思います」ともおっしゃっていますね。
MS:のちに大人も撮るようにはなりましたが、20代の頃は主に子どもたちを被写体にしていました。当時リトルリーグの試合日程は、ローカル新聞などに情報が出ていたんですよ。それで事前にコンタクトをして、撮影許可を取って撮影したものも多いです。当時はまだデジタルカメラもない時代でしたから、撮影した写真をプリントしてあげると本当に喜ばれたものです。
その頃、チャーリー・ブラウンが主人公のチャールズ・シュルツの人気漫画『ピーナッツ』を愛読していたのですが、そこでも子どもたちのキャンプや野球を題材としたストーリーが多く登場します。私の作品の中にも、ピーナッツに出てくるキャラクターたちのような子どもが探せるかもしれません。
――「Summer’s Children」は『ピーナッツ』の実写版と言えるかもしれませんね。ご自身の子ども時代にも共通点はありますか?
MS:私自身も少年野球チームに所属していましたし、着ている服や野球場のディティールなど、自分が子どもだった1960年代とそんなに変わりはないかな。まだインターネットやスマートフォンが生まれる前のことで、子どもたちのスケジュールは親の庇護のもとにありながら、ゆったりした時の流れがありましたね。今はもう、当時のようなリラックスした感じはなくなってしまったかもしれません。
モノクロームだからこそわかる、光の豊かさ
――夏のヴィヴィッドな光のもと、繰り広げられる光景をあえてモノクロームで捉えた理由は?
MS:一連の写真が撮影された80〜90年代初めは、自分の暗室でプリントするにはモノクロが主流でした。カラー写真の出力機は大学などの機関しか持っておらず、まだ一般的ではなかったんです。ただ、自然光をきれいにとらえるには、いまもゼラチンシルバープリントが最も適していると思っています。カラーだと、どうも光が遮断されてしまうように感じるのと、写真の要素として大切なのは必ずしも色ではないと考えているからです。実は、信号機や車のテールランプなども、最初から色として認識しているわけではなくて、本来は光の情報です。だから、緑の芝生や青空にしても、モノクロームの表現に削ぎ落とされることで、写真としてはより純度の高い表現になると思っています。写真史においても、自分が興味のある写真はほとんどがモノクロですね、ロバート・フランクとか。カラー写真ではモノクロと同じような詩的表現は難しい、とも言えるかもしれません。

――80年代にはゲイリー・ウィノグランドのもとでも制作していたとのことですが、今回展示された作品にその影響などはありますか?
MS:彼は写真に文脈を与えるのにとても優れた人でした。人物やいろんなものが集合する様子にフレームを与えることで、物語を生み出していました。さまざまな要素が一緒になっていることでワクワクするようでもあり、どこか奇妙にも感じる。私は彼の作品を通じて、ストーリーテリングの方法を学びましたが、同時に全く違うことをしたいとも思っていました。彼の作品は力強くエネルギッシュで、画面の中に多くの要素が詰め込まれていますが、私の作品はもう少し焦点を絞ったもので、ロケーションも大都市ではなく、より静かな場所を好みます。彼の作品を否定するのではなく、自分自身としてはそれに反応しながら、違う表現を試みていました。
――展示されている作品はすでに写真集として刊行されていますが、展覧会では特にどのように作品に向き合ってもらいたいですか?
MS:展覧会とはとても贅沢な機会だと思います。ギャラリーで実際にプリントそのものを見て、何が表現されているかを直接受け取ることができる。すでに本で写真を見ているかもしれないけれど、プリントにはもっと繊細な質感や命のようなものが宿っています。どちらがいいとは言い切れませんが、展覧会で写真に対峙するというのはより強いインパクトも感じられて、記憶にも残りやすいのではないでしょうか。

(C)Mark Steinmetz, courtesy of PGI
――今回、日本では何か撮影されましたか?
MS:最近、松尾芭蕉の著作を読んでいるのですが、いま宿泊しているホテルが隅田川の近くで、芭蕉的な風景のことを考えていました。リコーのモノクロが撮れる小さなデジタルカメラを使う機会があり、主にそれで撮影しています。フイルムカメラはMamiya7も持ってきました。もっと長期滞在できて、本格的な撮影ができるのだったら、富士フイルムの6×9と三脚も持ってきたかったけれど。
――いまもモノクロで撮影されることが多いですか?
MS:そうですね、ほとんどは。20年くらい前にカラーで撮影したものもいくつかあって、それはそれでよかったのですが。ウィリアム・エグルストンやジョエル・スタンフェルド、スティーブン・ショアなどは素晴らしいカラーの作品を作っていますね。ただ、自分がカラーでやるにはどこか限界を感じていて、ソフトな光だったらカラーでも良い写真が撮れるのですが、それ以外はどうも……。モノクロであれば、どんな種類の光でも対応できます。
撮ることの手ざわり、豊かさはすぐそばにある
――スマートフォンの普及により、多くの人がさまざまな場面で写真を撮って日常を記録しています。写真がどんどん手軽なメディアになる状況を、写真家としてはどう見ていますか?
MS:スマートフォンのスクリーン越しに見るのと、実際に自分の目で見てフレーミングする写真は全くの別物と言えます。ラッキーにも偶然撮れたようなものでなく、自分自身で動いて、見極める姿勢が写真には重要。フィルムの特性も知りながら、ライティングについて考えることも大事ですね。撮影はいつも太陽を見て、光の方向や強さ、そして湿度などを鑑みながら行います。デジタル写真は、どうしたものか空気感を出すのがとても難しい。空気の湿度や爽快感のような感じは出てこなくて、シャープになりすぎ、どこか情感に乏しい写真になってしまいますね。特にフイルムで撮影するとなったら、撮影して現像して、といったプロセスがありますし、そして昨今はフイルムも高価です。だから、一枚ごとに慎重に向き合わざるを得ない。その時間や緊張感もまた、写真に作用しているのだと思います。

――最近はどんなテーマで制作していますか?
MS:いまは、パリに住みながら写真を撮っています。昨今のアメリカの状況から逃れるためでもありますが、母がフランス人なので、私も市民権を持っているのです。アメリカにもまだ暗室は残してあるので、これからどうするかまだわからないのですが、以前出版した『Paris in my time』(2013年、ナツラエリプレス)という写真集の続編のような本を作りたいと考えています。
今回の写真展に合わせて『LOW FI CATS』という写真集も作りました。全てアメリカのジョージア州で撮影した野良猫たちです。猫という生き物はコミューンを作り、一緒に行動しているところが面白い。そして私たちにリラックスの仕方を教えてくれているようでもある。人間はいつも目的や何をすべきかで悩んでいるのに、猫たちは何も心配することなく、ただ暖かくて居心地のいいスポットを見つけて佇んでいる。そんなところがとてもいいですね。

Mark Steinmetz|マーク・スタインメッツ
アメリカ、ジョージア州アセンズを拠点に活動する写真家。1986年にイェール大学の写真専攻MFA課程を修了。同時期、ロサンゼルスにてゲイリー・ウィノグランドのもとで1年間制作活動を行う。主な作品に《Summer Camp》や《The Players》があり、アメリカの日常風景や若者の姿を、静かで抑制の効いたモノクローム写真でとらえる。
2018年に妻で写真家のイリーナ・ロゾフスキーと共にThe Humidを設立。写真を中心としたワークショップや作家同士の交流の場として機能するプラットフォームであり、アメリカ国内外のアーティストが集う実践的な場となっている。

(C)Mark Steinmetz, courtesy of PGI
| タイトル | マーク・スタインメッツ作品展「Summer’s Children」 |
|---|---|
| 場所 | PGI(東京都港区東⿇布2-3-4 TKBビル 3F) |
| 会期 | 3月16日(月)~5月13日(水) |
| 時間 | 11:00〜18:00 |
| 休み | 日曜日、祝日 |
| 料金 | 無料 |
| URL | https://www.pgi.ac/exhibitions/11188 |
